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文芸部の名簿には、学外のクラブチームに属す人達の名前が連なる。
瑞穂は文芸のために文芸部に入った唯一の生徒だ。二年生になっても毎日変わらずに、図書室のカウンター奥の扉の中の文芸部室で本を読んでいる。
今日も一人。
教室でも友達が少ない瑞穂は、学校の隅っこにいつもいる。だけど大勢がいる教室で隅にいるのとは違い、たった一人で悠々と文芸部室にいられるのは心地よかった。学校の中の隅っこだけど、瑞穂を外から守ってくれる。窓の外は雨。グラウンドはべしゃべしゃ。運動部達もいない雨は好きだ。強い雨音が学校全体を包む。
雨の季節は瑞穂にとって安らぎの時だ。
急に開いたドアに瑞穂の全身が竦む。
「ここは文芸部室ですよね?」
なんとか頷いた瑞穂に、彼はぱっと顔色を変えて明るくなった。
「よかった。間違ってなかったみたい」
声変わりの途中の少し掠れている声。だけど穏やかで温かみがある。遠慮なく瑞穂の向かいに座る。瑞穂はそれだけでどきっとしたのに彼は意に介さず。
きっとこの人は運動部なんだと瑞穂は直感した。
「お名前は?」
彼がこてっと小首を傾げて聞いてくる。
「黒田瑞穂…です」
「黒田さん!」
にこっと微笑み、
「俺は笹川です。ここには初めて来たけど文芸部だよ」
笹川は自分から名乗った。
「黒田さんは何のクラブに入っているの?」
瑞穂は少し腹が立った。文芸部にいる人は全員名前だけの所属だと思い込んでいる笹川に。
笹川みたいな文芸部を何とも思ってない人ばかりだから私は一人なのに……とまで思って瑞穂は自らの違和感に気づく。
「私はクラブには入ってない。文芸部だけ」
一人でここにいる事を安らぎにしていたはずだ。
私は一人なのに、と思ってしまったのはどうしてだろう。
「そうなんだ」
瑞穂の中のいろいろな物を、たった一つも読み取らずに笹川は頷いた。鈍感なのか、そもそも人に関心が無いのか、それとも。
本当は読み取っているのに、知らないふりをしているのだとしたら? 気付かれているのだとしたら? と、瑞穂はうすら寒い気持ちになった。
「俺はサッカークラブにいるの」
瑞穂を話し相手にしようとしている笹川の図々しさに辟易したが、瑞穂に彼を突っぱねる理由もなかった。
「学校のサッカー部には入らないの?」
「いいコーチがいないもの」
瑞穂は呆れた。
たくさんのサッカー部員が頑張っているのに、よくここまで言い切れるものだ。
笹川は『俺のチームの方が強い』とか『ここの学校は弱いんだ』とか、そのような汚い心の一切が無く、ただ純粋に事実として言ったのだ。やましい優越感が一切無い、澄ました顔が、逆に瑞穂を嫌な気持ちにさせた。
この人は私とはいる場所が違うのだと。
「最近雨ばかり。今日の練習も休みになったの」
「……そう」
笹川は無邪気に話し続ける。
「こないだの雷でグラウンドの照明も一つ壊れちゃった」
なんで私にそんな事を話すのだと、瑞穂は苛立ってきた。全く関係ないし、初対面だし。
それにサッカーのクラブチームという華やかな世界の事を、一人ぼっちの瑞穂に話して聞かせないで欲しかった。
「だから雨の時期は練習がしばらく休みで」
「……そうなんだ」
精一杯興味のない相槌をした。
「だから明日もここに来ていいかなあ?」
瑞穂はびっくりして固まった。
「お願い!」
笹川が言葉を重ねた。
瑞穂に関係のない話だと思っていたら、急に二人の間の話になった。どこにあるかも知らない大きなグラウンドの話から、急に今ここにいる二人にフォーカスした。
笹川には悪意がないが、遠慮もない。だけど瑞穂にも、断る理由がない。
「……いいよ」
ぱっと喜ぶ笹川から、瑞穂はそっと目を逸らす。
雨の季節はまだまだ終わらない。
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