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小洒落た飲み屋のドアベルが鳴る。
近所のコンビニに行くのが目的でした、と言われてもなんらおかしくない格好の青年が従業員に話しかけられ、店内を指さしてから周囲を見渡し始めた。
私はようやくやってきた待ち人に気付いてもらえるように、左手を掲げて呼びかける。
「紺野!こっちこっち!」
返事代わりのように少しだけ俯いて頭をくしゃりとかき混ぜた後、旧友がとことこと近づいてきた。
「来るのが遅いよ、あたしもう二杯目だからね」
店の前で待っていて、姿が見えたら嬉しそうに小さく手を振る、なんて可愛らしいこと私はしない。
「いや、風呂上がったばかりだったんだから早い方だろ。だいたい吉岡はいつも突然すぎるんだよ」
「仕方ないじゃない。いつも突然振られるんだから」
毎回失恋を予測できるわけがない。
多分この人とも続かないだろうなぁという予感めいたものはあるけれど、もしかしたらこの人なら大丈夫かもしれないという期待だって捨てきれないのだ。
「今回は三カ月だっけ?」
「違いますぅ!四カ月と二日でーす」
わざと揶揄うような口調で反論するも、たった三日の誤差じゃないかといなされる。
紺野の顔を見たら途端に安心して、頭の中がぼうっとしてきた。ついつい愚痴っぽくなってしまう。
「あたしに恋愛は向いてないのかなぁ…。もう、ひとりで生きていけってことなのかな…」
こういう時の私は、具体的な改善策などの的確なアドバイスは求めていない。将来への不安と独り身の寂しさを吐露したいだけ。
そして、いつもみたいに雑に慰めてほしい。
期待通りの返事が欲しかっただけなのに、まさか質問で返されるなんて思ってなかった。
「そもそも、どうして振られたの?別れるのは、いつも同じ理由から?」
驚いて紺野の顔を見返すと、予想外に真剣な表情をしている。
人の失恋をからかったり、話のネタにするような男ではないが、今までは私の恋愛話に関しては心底興味なさそうにしていたのに。
逆にこっちがどれだけ質問しても、紺野が自分の恋愛話を私にしてきたことはなくて、彼女がいるらしいとか別れたらしいとか、そういうのは人づてに耳にする一方だった。
まさか本当の失恋理由なんて言えるはずもなく、適当に誤魔化そうかと思ったのに、それができなかったのは、紺野が瞬きを感じないほどあまりにも真っすぐに私を見つめてくるから。
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