愛されるって、幸せなことですか?

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 暗闇の中、颯太の襟もとに縋り付いて手探りでキスをした。  元カノに対する嫉妬。  颯太への独占欲。  自分自身への失望。  一気に溢れて持て余した、愛してるの気持ち。  抱えきれなくなったぐちゃぐちゃの心が、水分になって瞳から流れ落ちる。 ——あずさの初恋なのかもしれないね  昼間、聞き取れなかったはずの千鶴の声が、急に頭の中に浮かんだ。  想いを自覚した今、やっと理解できた。  私がこれまでしてきた恋愛は、恋ではなかった。相手になにかを望んだことも、相手を求めたこともなかった。  欲しがって手に入れたものじゃないから、失くしてもすぐに諦めがつく。  欲しがって手にしたものを失くしてしまったとき、私はどうなってしまうのだろう。  颯太を失くすのが、こわい。  初めて自分から求めたキスは、涙の味がした。このしょっぱさが、私を寂しくする。  多分、本当は、とっくに自分の想いに気が付いていた。  最初に抱かれたとき、いや、それよりもっと前。きっと最初に好きだと言われたときには、もう始まっていた。  心臓がぴょんぴょんと跳ねて喜び、内心浮かれていた。でも、外側にいる冷静な私が心を檻に閉じ込めて鍵を掛け、そのまま見て見ぬふりをしていた。  どうせ、また一番になれなかったと傷つくだけなのだから、恋なんてするだけ無駄なのだと。  颯太のネクタイを緩めて、ワイシャツのボタンを外していく。背伸びしながら必死に唇に吸い付く。  もつれるようにベッドに辿り着き、キスをしたまま颯太の身体に手のひらを這わせた。  二の腕、胸、背中、どこに触れても、私にはない筋肉の硬さにときめきが増す。少しずつ下へ滑らせた手が、彼の中心に触れた時、他の身体のどことも違う硬さを感じた。 「っ…あずさ……」  すりすりとさすると、颯太の熱い吐息が漏れる。嬉しくて、でも同時に切なくて、行き場のない愛おしさでどうにかなってしまいそうだ。 「ここ、口でしてもいい?」  硬く張り詰めた颯太の屹立を、布越しにきゅっと握る。  ぴくりと跳ねる苦しそうなそこを、私が楽にしてあげたい。  なのに、颯太が私の手首を取ってシーツに押し付け、自由を奪う。 「あずさはそんなことしなくていいよ」  そんなにも優しい声色で、なんて残酷なことを言うのだろう。  私はしなくてもいい。じゃあ誰になら、されてもよかったの?あの子はしたの?  きっと深い意味なんてないのだろうと理解しつつ、言葉の裏側を考えてしまう。  どうして私は今まで、颯太を求めずにいられたのだろう。嫉妬せずにいられたのだろう。一度たがが外れてしまったら、とめどなくドロドロとした負の感情が込み上げてくる。  唇が押し付けられて、舌が侵入してきた。丁寧に私の口腔を探り、余すことなく撫でられる。 ——今まで何人と、こんなに熱いキスをしたの?  ブラウスの下から入ってきた大きな手が優しく肌を滑り、乳房を揉んでくる。 ——私なんかより、前の彼女の方が大きい?  なにをされても、どうしても考えてしまう。誰かと私を比べてしまう。与えられるぬくもりに集中できない。  これまで抱いてきた人たちの中で、私は何番目?もっと綺麗な人も、スタイルの良い人も、気持ちよくしてくれる人もいたんでしょう?合鍵を渡したあの子とは、何回寝たの?  颯太から抱かれると、私はいつも溶かされていた。初めて絶頂というものを味わった。それは、颯太が慣れてるから?私も、誰かへの通過点に過ぎないの?  身体中を滑る手の温度が、いつもよりも低い気がする。  太ももを撫で上げておなかをさすり、下着の中に指先から潜ってくる。 「や、待って…!」 「あずさ……?」  今、そこにふれられたら、気付かれてしまう。  こんなに丁寧に愛してもらっているのに、ほとんど濡れていないことに。  自分から抱いてほしいと懇願しておいて、ずっと考え事をしていたなんて、こんなに失礼な話はない。  情けなくて、申し訳なくて、声が震える。 「あの…、ごめんなさい、これは…違うの」  下着の中から手が出ていき、乱れた服が整えられていく。 「……謝らなくていい。俺でも、駄目だったってことだろ?」 「ちがっ…、そうじゃない!そうじゃなくて……」  本気で好きになったから、余計な感情まで付いてきた。  過去なんて変えようもないのに、私は颯太と付き合ってきた人たちに酷く嫉妬している。そして、それはもっと肥大化していくのだろう。  他の子と仲良くしないで。  女の子がいるなら、会社の飲み会にも行かないで。  私以外の人を、絶対に好きにならないって約束して。  お願い、ずっと、ずっと私だけを見ていて。  そんなことを言ったら、重いと思われる。嫌われるかもしれない。面倒な女だと思われたくない。それに、今更恥ずかしくて言えない。 「とりあえず、今日は帰るよ。あずさも疲れてるだろ?無理しないでいいから」 「疲れてないし無理もしてない!…行かないで…そばにいて…」  濡れてなくてもいい。痛くてもいいから、抱いてほしい。身体だけでも繋がってさえいれば、その時間は安心できる。けれど、上手な求め方がよくわからない。  颯太の手が、私の髪の毛を優しく梳く。 「大丈夫。ここにいるから」  涙がぽろぽろと勝手に流れ落ちて止まらない。  ごめん、ごめんね…。ひと粒涙がこぼれるたびに、ぽつりぽつりと謝った。  大丈夫。大丈夫だから…。あやす様に、ぽんぽんと優しく背中を叩いてくれる。  気が付いたら、私はいつの間にか眠ってしまっていて、起きたら隣に颯太はいなかった。  人が沈んだ形跡のあるシーツに手を滑らせると、まだ微かにあたたかくて、さっきまで彼が確かにここに居たことを証明している。  ベッドサイドのランプの下に、右上がりの几帳面そうな文字が残されている。 『今日はごめん。今度、ちゃんと話そう』  ごめんって、何に対してだろう。ちゃんと話した先に待っているのは、別れなのではないだろうか。  だって、身体で繋がれる間だけの、仮初の恋人同士だった。  もしかしたらあの綺麗な女の子に会ってしまったかもしれない。  中途半端な私よりも、あの子をまた好きになるかもしれない。  二人は寄りを戻すかもしれない。  もしそうなったとしても、私は彼を責めることはできない。  底なし沼に足を取られてしまったかのように、考えが悪い方悪い方へとずぶずぶ沈んでいく。  颯太が横になっていた場所に顔を埋めると、彼の残り香が鼻腔を満たし、一瞬にして会いたくなった。  彼女のことを聞いてしまったら全部終わってしまいそうで、どうにも身動きが取れない。こんな臆病な私が会いに行っても、ただ縋り付くことしかできない。  こんなに苦しいのなら、颯太に恋なんてしなきゃよかった。  友達のまま、自分の恋心に蓋をしていればよかった。  もうすぐ、きっとこの恋は終わってしまう。  この日私は初めて本当の失恋の痛さで、枕を濡らした。
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