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「悪いのは全部、中途半端な気持ちで付き合い始めたおれだった」
あずさに彼氏ができてから、諦めようとして何人かと付き合ってみた。結局誰にも本気になれなかった。ぼそりと呟く颯太が、ばつが悪そうに目を逸らす。後ろめたさを持つ必要なんてないのに。
好きでもないのに付き合うなんて、それ自体は酷いことだとは思う。なのに、それを嬉しいと思っている私がいる。
そんなふうに誰かの悲しみを喜んでいる私の心は、黒く汚れている。
恋とは、もっと澄んだ綺麗な感情だと思っていた。妬みや嫉み、自分以外の存在を颯太の中から排除したいと願う私の心は、全然綺麗ではない。
「いやだ、って思ったの…。颯太があたしに優しくふれるたびに、これまで何人の女の子をおなじように抱いてきたのかなって考えて…それがすごく苦しかった…」
気が付くと、頬が濡れていた。
泣きたくないのに泣けてくる。
「颯太のことが、だいす——」
ぐっと抱き寄せられて、唇が塞がれた。
しょっぱいのに、どこまでも甘く深いキス。
大切なものを扱うように、大きな手のひらで頬を包まれる。
ゆっくりと唇が離れて、きつく抱きしめられた。
「おれは初めから好きだった。友達だなんて思ったことは一度もない。おれが弱いから、ずっと言えなかった」
右耳のすぐ横で聞こえる声が熱い。
「それって……中学のときからってこと?」
ぐっと肩に押し付けられた颯太の首で、縦に頷いたのだとわかった。
「なんで…?なんで言ってくれなかったの?知ってたらあたし——」
知ってたら、他の人と付き合ったりしなかったのに。思わず口をついて出そうになった言葉に、自分自身で驚いた。
「ずっと友達でいてねって何度もあずさが言うから、告白したら振られる、そこで終わりだって思ってたんだ」
「それは……」
颯太に呪いの言葉をかけていたのは他でもない私自身だったなんて。でも、まさか颯太が私を好きになるなんて、ありえないと思っていたのだ。
「友達だったら、ずっと一緒にいられると思ったの。颯太に彼女ができても、友達としてなら並んでいられるんじゃないかって…」
高校生になってからの颯太は一気に身長が伸びて、急にモテだした。毎日のように「紺野くんとは本当に付き合ってないんだよね?」と、おしゃれでかわいい子たちが確認しにくる。その中の誰かと付き合い始めるのも、時間の問題だと思っていた。
せめて友達として、ずっとそばにいたい。
その気持ちが恋心だと気付くことにすら諦めて、手軽に手に入る恋愛を本物だと思い込んでいた。
「あたし、本当にばかだなぁ。好きだって、ずっと自覚してなかったなんて」
「本当に酷い人だよ。あずさに彼氏ができたって聞くたびに、おれは苦しくて仕方がなかった」
「うん…ごめん」
「違う、謝ってほしいんじゃない。ただ、知っててほしい。あずさしか好きになれない男がここにいるってことを」
「あたしも…。あたしも、同じ気持ちで颯太が…」
言葉で表せない想いを伝えたくてそっと唇を寄せると、ふれる寸前に肩を押されて二人の間に距離ができた。
——拒まれた……?
心臓を力いっぱい絞られたような痛みが走る。受け入れてもらえないことが、こんなにも苦しいなんて、私が傷つけてきた分が跳ね返ってきたみたいだ。
「ご、ごめん。あたし、身勝手だよね…」
「そうじゃなくて……。今キスしたら……したくなる…」
颯太が顔を逸らして、左手の握りこぶしを右手で押さえている。うっすら染まった耳たぶが可愛い。
握りこぶしをこじ開けて指を滑り込ませ、きゅっと手を握る。
「していいよ…」
「無理させたくない。こういうのは我慢してするようなことじゃないんだ」
「したいの!あたしが、颯太としたい…。無理も我慢もしてないって、抱いてくれたらわかるから」
「……途中で止められる自信がないけど、本当にいいの?」
「いい。颯太の全部がほしい」
私の全部をあげるから、あなたの全部も私にください。
相変わらず自分に自信なんてないけれど、この人だけは誰にも譲りたくない。
はじめて心の底から、身も心も裸で抱き合いたいと願った。
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