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愛し愛されるのがいちばんの幸せです
「颯太の全部がほしい」
好きな子からそう言われて、平静でいられる男なんているだろうか。
「全部あげるから、あずさのこれからの人生をもらってもいい?」
「……それって、どう言う意味?」
「そのままの意味」
頭から湯気でも出るのではないかというほど顔を真っ赤にしているあずさに、思わず口づけた。
この甘さがまるでご褒美のようで、この一ヶ月間の苦悩が溶けていくようだ。
そう。まるで地獄のような一カ月間だった。
あの日、あずさから初めて「好き」だと言われて舞い上がってしまい、様子がおかしいことに気が付きながらも、話を聞くより先に身体で繋がろうとした。
けれど、言葉の「好き」とは裏腹に、身体の方は全く受け入れてくれる気配もなく閉ざされていた。
涙を流しながら謝るあずさの心は、本当はおれから離れたところにあって、もしかしたらこれで終わってしまうのかもしれないと最悪な考えが頭をよぎり、気が気じゃなかった。
おれはいつも肝心なところで格好つけて、大事な想いを伝えそびれてしまう。
明日改めて会いに行けばいい。
そう思っていたのに、急遽他部署の新規事業のヘルプに駆り出されることになった。
どうしてよりにもよってこんなタイミングで、と文句を言いたかったが、仕事なのだから仕方がない。
合間を見てメッセージを送ってもほとんど返信は来ないし、電話をしても返ってこない。
おれは、順番を間違えたのかもしれない。
本来なら初めから、身体で繋がるより先に心を通わせるべきだった。あずさの気持ちをはっきりさせてから、抱くべきだった。
告白を先送りしたり、性急に身体を求めたり、あとから振り返れば「あんなこと言うんじゃなかった」「あの時はああするべきだった」と、後悔してばかりだ。
友達には戻れないとわかっていて告白した。
失敗したら、二度と会えなくなる覚悟で抱いた。
なのに、結局諦められない。
あずさがおれに友情以上の気持ちを感じられないなら、それでもいい。身体の関係を苦痛に思うなら、しなくてもいい。なんでもいいから、これからも一緒にいたい。
おれの覚悟なんて、心から欲する人を前にすると、なんと脆いものなのだろう。
やっと仕事が一段落して通常業務に戻り、速攻であずさに会いに来た。話ができれば吉という心構えだったのに、まさか気持ちが通じ合うなんて、まるで地獄から一気に天国に昇ったようで、夢じゃないかと思った。
自分のこととなると呆れるほどに鈍感で、気が強いようで実は繊細で。その瞳で、おれの心を捉えて放さない人。
本当は、もっと早く好きだと伝えられたらよかった。けれど、このタイミングだったからこそ今に辿り着けて、そしてこれからの未来を二人で創れるのなら、これでよかったと思える。
「ずっと好きだった。これからも、愛してる」
あずさが更にこれ以上ないほどに赤くなり、瞳は表面に溜めた水分で潤んでいる。
「あ、あたしも……颯太のこと……ッ!」
艶めく舌が覗き見えて、言葉を遮って齧り付くように唇を重ねた。
反射的に閉じた口を舌でこじ開けて、奥に逃げようとするあずさの舌を攫いに行く。
ざらりとした表面を擦り合わせて絡ませたり、尖らせた舌先で口蓋を撫でると、おれの腕を掴む手の力が強まり、すがられているようで嬉しくなる。
「んぅ……ふ、ぁ…」
漏れ出る声の艶やかさが、おれを調子に乗らせる。
あずさを求めて暴走しそうになるのを抑えるために、唇を離して柔らかな頬を包んだ。
「可愛過ぎて困るんだけど」
「や……可愛くなんてないから」
「あずさは世界一可愛いよ。おれはあずさしか可愛いと思わない」
「そんなの……ずるい。あたしは、まだ恥ずかしくて言葉にできないのに」
「いいよ、ゆっくりで。待つのは得意なんだ」
ただし、こっちは我慢できそうにないけど。吐息だけで呟きながら、ズボンの中で張り詰めた自身を、あずさの太腿に押し付けた。
キスだけでこんなふうになるなんて、どれほどあずさを欲しているのか。体は正直だという言葉を、身をもって痛感する。
あずさをベッドに押し倒して、首筋に鼻先を埋めた。彼女しか持たない甘いにおいが鼻腔を満たし、興奮が昂る。
嗅ぐだけで満足できるはずもなく、味を確かめるために舌を這わせた。
「あっ……、や、ちょっと待って。先にシャワー……」
「どうせ汗かくんだから、あとでいい」
それに、シャワーで流してしまっては、あずさの匂いも味も薄れてしまう。おれはこんなフェティシズムを持ってはいなかったはずだ。
あずさにふれると、これまで顔を出したことのない本能のようなもので彼女を求めてしまう。
しかし、愛する人の肌にふれて、変態的思考が芽生えない人間なんているのだろうか。おれには無理だ。あずさ本人が知らないところまで暴きたい。
小さな宝石の装飾が付いた耳たぶを滑り、そのまま耳内の窪みに沿って、尖らせた舌先で形を確かめていく。
「耳ッ……だめっ」
びくっと身体が跳ねた隙にブラウスの下に侵入させた手を背中に回して、やわらかな素肌を堪能する。
もじもじと内腿を擦り合わせながら駄目だと言われても、全く説得力がない。何度も耳朶に直接好きだと囁きながら、あずさの身を守るための衣類を剥いでいく。
残すは下着だけになったところで、ぐっと肩を押された。
「あたしだけ、やだ。颯太も……」
「じゃあ、あずさが脱がせてくれる?」
ふにゃりと脱力しているあずさの細い腕と腰を支えて、胸元に引き寄せた。
不満気に上目遣いで軽く睨まれたが、そんな表情をしても可愛いだけだ。
複雑に口元を歪ませながら、おれのネクタイを不器用な手つきで解いていく愛しい人。
時折り首にふれる指先がこそばゆくて、幸せな気持ちになる。
幸福とくすぐったさは、どこか似ている。
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