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「こんなの聞いてない。こんな一晩で何回も……なんて」
頬を膨らませながら、くたりと横たわるあずさ。まだ赤みの引かないほっぺたの中の空気を、人差し指でつついて追い出す。
「ごめん」
「謝って許されるなら警察は要らないんですぅ」
小学生のような拗ね方に、思わず吹いた。笑うおれを睨みつつも、目の奥は全く怒っていない。
「きもちよくなかった?」
「きもちよか……ちがっ、今のなし!それとこれとは別なの!」
おでこにひとつ唇を落として、あずさの首の下に腕を差し込み抱き寄せる。
「おれも、すごくよかった。こんなふうになったのは初めてで自分でもびっくりしてる」
「え……はじめて?」
「うん、初めて。腕枕をしたのも実は初めて」
ふぅん、へぇ、そうなんだ…などと呟きながら、分かりやすく嬉しそうにするから、また抱きたくなる。けれど、避妊具も切らしてしまったし、さすがにそろそろ寝かせてあげないと、と自制をかけた。
「あのね、この前友達から言われたことがあってね」
「なに?」
「『相手から愛されてる自信が持てなくても、自分が相手を愛してるって気持ちだけは誰にも変えられないから、それは自信になる』って」
なるほど。確かに、そうかもしれない。おれも誰に何を言われようと、あずさに対する気持ちだけは揺らぐことはない。
「良い友達なんだね」
「うん。大人になってからできた、本当に大事な友達なんだ」
友達は多くなくていい。心の内を話せる人が一人いるだけでも、充分恵まれている。
「あたしはいつも、誰の一番になれる自信もなかった。だったら、愛されることよりも、颯太への想いに自信を持つことの方が、ずっとずっと幸せへの近道なんじゃないかなって思ったの」
あずさがおれを想うことを幸せに感じてくれるというのなら、こんなに嬉しいことはない。
でも、それだけでは到底足りなくなってしまった。
わかっててほしい。
気付いてほしい。
持て余すほど膨れ上がった、おれの想いに。
愛するのと愛されるのではどちらが幸せか、という議論もあるようだが、そんなものに答えなんてない。
「もっと単純に二人が幸せになる方法があるんだよ」
「え?」
とろんとした目で、首を傾げるあずさ。
「愛されてる自信がないなんて言えなくなるくらい、これからもずっと全力であずさを愛し続けるから」
閉じかけていた瞼がゆっくりと持ち上がり、少しずつ潤んでくる。
「一生をかけて証明するから、結婚しよう。一緒に暮らそう」
瞳に溜まった水分がまつ毛を輝かせ、瞬きと同時にホロリと一滴の雫が流れた。
「ちなみに今のはプレプロポーズな。来週にでも夜景の見えるレストランで本番の予定だから、それまでに返事考えておいて」
涙をこぼしながら「なによそれ」とくすくす笑い出すあずさを、世界一綺麗だと思った。
愛の言葉は何度あったっていい。何度でも伝えられることが、なによりも嬉しい。
ありのままの想いを伝えるだけのことに、随分と遠回りをしてしまった。
けれど遠回りした分、気付けたこともたくさんある。十年以上変わらず、あずさへ抱き続けた唯一無二のこの感情は、きっとこの先もあずさだけに向かっていく。
友達のままでは得られなかった幸せが大きすぎる。
そして、それはもっと大きくできると確信がある。
一方通行ではなく、愛し愛され互いに気持ちを通わせることで、もっと、ずっと。
「あのね、一回しか言わないから、ちゃんと聞いてね」
静寂の中、口元に手を添えてそっとささめくあずさの声が耳を擽り、おれの体温を上げる。
かけがえのない宝物になるその五文字の言葉を、この幸福な夜を、死ぬまで忘れないと心に誓った。
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