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「これ、さらが好きなキャラだよね!」
ユカの言葉で我に帰る。
表紙に描かれたキャラを指さしている、ユカ。
「マジで?私と一緒じゃん」
小川さんが嬉しそうに答える。
ドキッ、と、私の心臓が跳ねた。
「えーと、麻生さん……だよね?」
「え、私のこと知ってるの?」
「うん。ユカの話にいつも出てくるから」
「私も小川さんのこと、いつもユカから聞いてるから、知ってるよ」
お互い目を合わせて、笑った。
話すのははじめてなのに、ユカを通じて話を聞いていたせいか、初対面じゃないような気がした。
「ね、M君のどこが好きなの?」
M君というのは、今ユカが指をさしたキャラの名前だ。私が今ハマってる漫画のメインキャラの一人で、私の推しだ。
そしてその隣に描かれている人物ーーこの漫画の主人公である、「S」というキャラとのカプーー通称「S×M」が好きなのだ。
語りたい。
めちゃくちゃ、語りたい。
M君の良さを。
好きなシーンを。
一番好きなセリフを。
そして、S君との関係の尊さを。
今まで一度だって,誰かと本気で語れたことがない、私の嗜好。
今目の前に、奇跡的に、同士がいる。
でも……。
ちらり、とユカに視線をやる。
ユカの前で、全部ぶちまける訳にはいかない。
今まで一度だって、腐女子らしい発言をしたことはないのだ。きっとびっくりするだろう。
「うーん、カッコいいとこかなあ。普通にイケメンだし」
何かおかしな発言をしないよう、当たり障りのないコメントを口にする。
すると小川さんが、「だよね!」と、机を叩いて言った。
「カッコいいんだよね、M君は!」
小川さんは立ち上がり,体を机から乗り出して続けた。
「あと、S君との対比がいいんだよね。親友であり、ライバルでもある二人,マジ尊い」
小川さんの言葉に、思わず「わかる!」と叫びそうになった。
けれど,興奮を必死に抑えながら答える。
「いいよね。最新刊の,S君がM君を助けたシーンとか、めっちゃ好き」
「わかるー!すごいSMだよね、あのシーン!」
小川さんの言葉に、ぎくりとする。
ユカが言った。
「SM……?」
ユカが、不思議そうな顔で小川さんを見つめる。
「あー、ユカはわかんないよね。S君とM君のカップリングのこと」
「カップリング?」
「デキてるってこと!ホラ、この本も『S×M』って書いてあるでしょ?」
小川さんの説明に、ユカは「へぇ〜」と言いながら、薄い本の表紙を見つめている。
「これ、二人が恋人ってことだったんだぁ」
なんか本編と違うなーって思ってた。
ユカはそう呟いた。
ああ、この反応。
確信する。やはりユカは、腐女子ではないのだ。
ハッキリ聞いたことはなかったけれど、今、理解した。
「Sって、Mのライバルだよね?それなのに、この二人がカップリング?になるの?」
「ライバルだからこそ、だよ!」
「Mって、Sに結構冷たくなかったっけ」
「それはクソデカ感情なんだよ!自分でも持て余してるの!Sへの想いを!」
小川さんの説明に,私は心の中で強く頷き続けた。
わかる。とてもわかる。
拳を握りしめ、肩を震わせる。
気づけば、呼吸も浅くなっていた。
ユカは相変わらず、きょとんとしていた。
「さら、大丈夫?なんか具合悪い?」
「え?あ、ごめん、その、ちょっとびっくりしちゃって」
「そう?なんだか、ボーッとしてるから」
「その、小川さんの絵がすごい上手だなって驚いて……」
興奮と動揺を必死に抑え込み、平静を装って言う。
本当は今すぐ叫び出したい。本人に言いたい。
大好きです!!いつも見ています!!
あなたのおかげで毎日生きてられます!!
ファンです!!
これからも作品を楽しみにしてます!!
心の中で小川さんを拝み倒す。
本当は口に出して伝えたいのに。
「あ、私ちょっとトイレ行ってくるわ」
ユカが言って、バタバタと教室を出ていく。
取り残された私は、ユカに渡された同人誌を持ったまま立ち尽くした。
小川さんに、なんて話しかけよう。
言ってしまおうか。ファンだって。
でも、そうすれば私が腐女子だってことも、きっとバレる。
小川さんはユカの友達だ。そんなリスク犯していいのだろうか……。
ふと、小川さんが私をじっと見つめているのに気付いた。
「あのさ、麻生さんってさあ」
「え?」
「……腐ってるでしょ」
小川さんの言葉に、思わず本を床に落としてしまった。
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