第二話 現在

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「これ、さらが好きなキャラだよね!」    ユカの言葉で我に帰る。  表紙に描かれたキャラを指さしている、ユカ。 「マジで?私と一緒じゃん」  小川さんが嬉しそうに答える。  ドキッ、と、私の心臓が跳ねた。 「えーと、麻生さん……だよね?」 「え、私のこと知ってるの?」 「うん。ユカの話にいつも出てくるから」 「私も小川さんのこと、いつもユカから聞いてるから、知ってるよ」  お互い目を合わせて、笑った。  話すのははじめてなのに、ユカを通じて話を聞いていたせいか、初対面じゃないような気がした。 「ね、M君のどこが好きなの?」  M君というのは、今ユカが指をさしたキャラの名前だ。私が今ハマってる漫画のメインキャラの一人で、私の推しだ。  そしてその隣に描かれている人物ーーこの漫画の主人公である、「S」というキャラとのカプーー通称「S×M」が好きなのだ。  語りたい。  めちゃくちゃ、語りたい。  M君の良さを。  好きなシーンを。  一番好きなセリフを。  そして、S君との関係の尊さを。 今まで一度だって,誰かと本気で語れたことがない、私の嗜好。  今目の前に、奇跡的に、同士がいる。  でも……。  ちらり、とユカに視線をやる。    ユカの前で、全部ぶちまける訳にはいかない。  今まで一度だって、腐女子らしい発言をしたことはないのだ。きっとびっくりするだろう。 「うーん、カッコいいとこかなあ。普通にイケメンだし」  何かおかしな発言をしないよう、当たり障りのないコメントを口にする。  すると小川さんが、「だよね!」と、机を叩いて言った。 「カッコいいんだよね、M君は!」  小川さんは立ち上がり,体を机から乗り出して続けた。 「あと、S君との対比がいいんだよね。親友であり、ライバルでもある二人,マジ尊い」  小川さんの言葉に、思わず「わかる!」と叫びそうになった。  けれど,興奮を必死に抑えながら答える。 「いいよね。最新刊の,S君がM君を助けたシーンとか、めっちゃ好き」 「わかるー!すごいSMだよね、あのシーン!」  小川さんの言葉に、ぎくりとする。   ユカが言った。 「SM……?」  ユカが、不思議そうな顔で小川さんを見つめる。 「あー、ユカはわかんないよね。S君とM君のカップリングのこと」 「カップリング?」 「デキてるってこと!ホラ、この本も『S×M』って書いてあるでしょ?」  小川さんの説明に、ユカは「へぇ〜」と言いながら、薄い本の表紙を見つめている。 「これ、二人が恋人ってことだったんだぁ」  なんか本編と違うなーって思ってた。  ユカはそう呟いた。  ああ、この反応。  確信する。やはりユカは、腐女子ではないのだ。  ハッキリ聞いたことはなかったけれど、今、理解した。 「Sって、Mのライバルだよね?それなのに、この二人がカップリング?になるの?」 「ライバルだからこそ、だよ!」 「Mって、Sに結構冷たくなかったっけ」 「それはクソデカ感情なんだよ!自分でも持て余してるの!Sへの想いを!」  小川さんの説明に,私は心の中で強く頷き続けた。  わかる。とてもわかる。  拳を握りしめ、肩を震わせる。  気づけば、呼吸も浅くなっていた。  ユカは相変わらず、きょとんとしていた。 「さら、大丈夫?なんか具合悪い?」 「え?あ、ごめん、その、ちょっとびっくりしちゃって」 「そう?なんだか、ボーッとしてるから」 「その、小川さんの絵がすごい上手だなって驚いて……」  興奮と動揺を必死に抑え込み、平静を装って言う。  本当は今すぐ叫び出したい。本人に言いたい。  大好きです!!いつも見ています!!  あなたのおかげで毎日生きてられます!!  ファンです!!  これからも作品を楽しみにしてます!!  心の中で小川さんを拝み倒す。  本当は口に出して伝えたいのに。 「あ、私ちょっとトイレ行ってくるわ」  ユカが言って、バタバタと教室を出ていく。  取り残された私は、ユカに渡された同人誌を持ったまま立ち尽くした。  小川さんに、なんて話しかけよう。  言ってしまおうか。ファンだって。  でも、そうすれば私が腐女子だってことも、きっとバレる。  小川さんはユカの友達だ。そんなリスク犯していいのだろうか……。  ふと、小川さんが私をじっと見つめているのに気付いた。 「あのさ、麻生さんってさあ」 「え?」 「……腐ってるでしょ」  小川さんの言葉に、思わず本を床に落としてしまった。
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