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 高校を卒業して、私は関西方面の大学に進んだ。 「地元の大学にしなさい」  そう母親は言ったけれども、なぜか父親が賛成してくれて、私は家を出ることができた。  シロミちゃんは東京の専門学校に進んで、そのまま東京に就職してしまった。  大学時代、私は青春18切符、というのを乗り継いで、シロミちゃんに会いに行った。  シロミちゃんはもうナオトくんの話はしなかったけど、名前は忘れたけど韓国のアイドルのことやハリウッドスターのことをずっとしゃべっていた。  せっかく会えたのに電話で話すのとまったく同じ他愛のない内容なのがおかしくて、でもやっぱり楽しかった。  私たちは夜が明けるまでずっと語り明かした。  シロミちゃんとの話には基本的にタブーはなかった。宗教のことでも政治のことでも世界情勢のことでも犯罪や法律についてのことでも。  私たちの知識は幼稚で偏っていたけれどもツッコミを入れる人は存在しなかったから、思うこと、考えたこと、傾倒している人のこと、批判的に見ている人のこと、どんなことでも自由に無責任に語り合えた。  でもやっぱりヲタクらしく萌え話が一番多かったように思う。  私はその後も何度か新幹線や夜行バスなどを使ってシロミちゃんに会いに行ったけど、最後に会ったときに、私たちは喧嘩をした。  理由はお金のこと。  私はシロミちゃんに1万円を貸していた。  額としては大人になった今では結構中途半端だと思う。  けれども当時私は学生で、バイトはしていたけど自由になるお金はそんなに持っていなかったから、1万円は大金だった。  それに加えていつもこちらが会いに行っていたから、金銭的な負担に加えて労力の負担も一方的だった。  けれどもシロミちゃんはそれを当たり前だと思っていて、いついつが都合がいいから遊びに来てって言う。  向こうは働いていたから時間がないのはある程度理解はしていたけど、私の大学生活だってそこまで全部相手に合わせられるほど暇ってわけでもなかった。  振り回されている自覚があった。シロミちゃんとの話は面白かったし、話をしていると自分が縛られているいろんなものから自由になれる気がしたのだけれども。だけどやっぱり自分の生活のことも大事だ。  喧嘩をして、もう会わないって決めたときも、私は内心ではシロミちゃんに対して微塵にも怒っていなくて、ただもう会えないんだなって思って、自分で決めたことなのにすごく悲しかったのを覚えている。  大学を卒業したあと私はそのまま外国に移り住んでしまって、けれども向こうでの生活基盤が当初予定していたほど安定しなくて日本に戻ってきて、いまは東京近郊の小さな町で暮らしている。  家には戻らないと決めてからは、昔は苦手だった母ともうまく距離を保ちながらつきあうことができていると思う。  シロミちゃんとは学生のときに喧嘩をして以来、会っていない。  日本に帰国したばかりのころ一度電話を掛けたけれども、シロミちゃんは知らない間に番号を変えてしまっていて、電話の向こうには知らない人が出た。  私も海外に出るときに一度携帯の契約を解除していて、番号が変わっている。  もしもいま向こうから連絡をとろうとしても、私の転居先を実家の母はシロミちゃんには教えないだろうし、共通の友人というのも驚くほど少なくて、その友人たちとも私は切れている。  だから私からシロミちゃんの実家に連絡して聞かない限りは、私たちは連絡がつかない。  だけどシロミちゃんから離れて何年も経っているのに、いまだに私はシロミちゃんのいない生活に慣れない気がするのだ。  もう少し、もう少しこの状態に馴染んだら連絡してみよう。  そんな風に思ったりもする一方で、もう一生会わずに過ごすのかな、とも考えている。  1万円は返してもらっていないけど、多分もう向こうも忘れているだろうし、そのことはどうでもいい。  会ったら昔のようにいろんな話に花が咲くのだろうか。まるでお互いがカウンセラーであったかのように、心の深いところにある気持ちの問題を私たちはお互いに話していたけれども、いまでもそんな風であるのだろうか。  それとも当たり障りのない世話話をして、右と左に分かれるのだろうか。  シロミちゃんは可愛い子だったし、話し上手の聞き上手だったから、きっと新しい友人ができて彼氏なんかもいて、充実した生活を送っているんじゃないかと思う。遅刻グセも社会人になってから、多分治っていたはず。  だから私がシロミちゃんを思い返すほどには、シロミちゃんは私のことは思い出したりはしないかもしれない。  それでも私たちがまだ子どもだった頃、まだ恋も知らず何ものでもなくどこに行くことができるのかもわからなかった頃、私たちは紛れもなくお互いの一番近くにいた。  スティーブン・キング氏の『スタンドバイミー』や山本さほ氏の『岡崎に捧ぐ』や米津玄師氏の『灰色と青』などの、友情をモチーフにした作品に触れるたび、私はシロミちゃんのことを思い出す。  そしてその系統の話に関しては、私の涙腺はちょっと緩めだったりもする。
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