14.紬

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14.紬

 学校が休みに入ってから、俺は朝から晩まで駆け回る生活をしていた。  和貴とのCDは順調に製作が進み、俺たち3人が引きつった笑顔で映っているジャケットに包まれた出来立てホヤホヤを届けてくれたのは、外でもない光樹さんだった。 「もう、ウケるぅ、京太郎引き攣りすぎぃ」  ギャハハハと豪快に笑いながら、光樹さんは政さんが用意したコーヒーをグビッと飲んだ。  あれから2週間、駆けずり回り走り回り政さんと手分けをし、税務署、保健所、深夜営業の為の届けに警察署にも出向き、新たな立ち入りチェックも何とかパスして、驚異のスーパー迅速再出発となった。勿論それは、ママが色々と書類を揃えて対策を整えていてくれたおかげで、担当の税理士さんの知恵と政さんの経営の経験とが、無駄のない手続きを実現したのであった。 「今日はね、深夜だけの営業。昼間は定休日」  結局、特定の店を持たない光樹さんは、ケイタリングを暫く休み、殆どを深海魚に費やしてくれていた。『シン・深海魚』の入り口近くにはスイーツ用の小振りなショーケースが置かれ、出勤前のお姉さん達を癒している。他に店を持ちながらの二足の草鞋は存外に難しいらしく、どうもこのまま光樹さん一人に任せることになるのではないかとすら、思っていた。 「光樹さん、モデルの仕事は大丈夫? 」 「大丈夫だよ。撮影の時だけ、他の人に代わってもらえさえすればさ。後の仕事は大抵二丁目での隙間産業だったから、問題ないの。思いがけず、足場が固まったって感じがするな……」 「光樹さんがオーナーになった方が良くない? 」  ついそんなことを口走ると、光樹さんがジロリと俺を睨んだ。 「それじゃアタシ、嫁に行けないじゃない」 「よ、ヨメェ?! 」 「うっそー。ってかさ、アタシ現場は得意でも、経営ダメだから。あんた年末のクリスマスイベントも見事だったし、才能あるよ。だから、京太郎の手の平の上で、転がる方がいいの、アタシ」  オネェ度MAXな言い方をするところを見ると、これから久紀さんとデートかな。 「あでゅー」  結い上げた髪の下の白い頸も艶やかに、桜色の紬に紅型の帯を締めた粋な姿で、ヒラヒラと手を振りながら光樹さんは『スナック・沙絵』から出て行った。  カウンターには、ウチの命綱となっているアップルパイが収まる大きな箱が置かれている。 「何が、あでゅーだっつーの」 「評判がいいらしいですよ。光樹さんは客あしらいもお料理も上手ですしね。ただ、バイトが中々決まらないらしくて……」 「バイトねぇ……」  今日は、この後和貴と笠松が来て、CDの宣伝も含めてプレコンサートをすることになっている。予約は満席。今日は深海魚には顔を出せそうにない。 「ステージが終わったら、一度深海魚を覗きに行ってください。ステージさえ終われば、私一人で何とかなりますから」 「うん……そうするかな」  CDのジャケットの中で、表は3人が硬い顔で写っているが、裏では肩を組んでじゃれ合っているような笑顔のショットになっている。俺は置いといて、和貴と笠松は、実にこういうのが映える。  和貴と笠松に、栄光あれ!
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