16.デジャブ2

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16.デジャブ2

 つんのめるようにして店の中に入ると、目の前の床に蹲る人影があった。 「あの……」  顔を上げたのは、男の子? いや女の子か……。 「どうしたの……」  口の端から血を流し、両腕で抱え込んでいる上半身は、シャツがビリビリに破られ、胸板も傷だらけ……男の子だ。しかも、ズボンを履いていない。  (おこり)のようにガタガタと震えたまま、その子は俺をじっと見た。 「大丈夫、すぐ救急車呼ぶから」  ブンブンと、その子は思い切り首を振った。  その時、外で派手な音がした。  慌てて飛び出すと、光樹さんがスーツの男をゴミ用ペールに叩き付けていた。咄嗟に光樹さんの腰にしがみついて止めようとするが、俺の力は何とも弱く、我を忘れたように怒り狂う光樹さんにいとも簡単に弾かれてしまった。 「ブッ殺す……」  転がる男の襟首を掴んで引き立たせ、尚も殴りつけようと光樹さんが拳を振り上げた時だった。 「光樹!! 」  制服警官を4人ほど連れて駆けつけてきた久紀さんが、力づくで光樹さんを抱き止めた。 「放せ、放せよ!! こいつらぶっ殺してやる!! 」 「もういい、俺たちに任せろ!! ブタ箱に放り込んでキッチリ落とし前つけさせてやる」 「俺だけじゃない、こいつら、こんな大人になってまで、あんな子供に……許さない、絶対許さない、放せっ、久紀!! 放せぇぇ!! 」 「光樹ッ、落ち着けって!! ……大丈夫だから、俺に任せろ……」  久紀さんは光樹さんを羽交い締めにし、猛獣を宥めるようにして肩をさすった。すると一転して、光樹さんは泣きながらその場にへたり込んでしまった。  スーツの男達は、何とか生きているのがわかる程度にへたばっている。 「霧生課長、この人達は」 「集団暴行事件の被疑者(マルヒ)だ。15年前にも同じ事やってやがる。余罪もある筈だ、連行してくれ。生安の尾道課長に預けりゃ、死なない程度にシメて吐かせてくれるだろう」 「承知しました」 「京太郎、マルガイは」  マルガイ……あ、被害者。中にいますと答え、久紀さんと顔を両手で覆ったまま足元が覚束ない光樹さんを誘った。 「大変だったな。俺はあいつの兄で、四谷署のおまわりさんだ。もう大丈夫だからな。親御さんとは、連絡つくか? 」  体を丸めたまままだ震えている男の子に、久紀さんは優しく声をかけた。 「中学生? 」  こくり、とその子は頷いた。 「家出? 」  いやいや、と子供のように首を振った。 「この街で、小遣い稼ごうと思った? 」  その質問にも、いやいや、と首を振った。 「4月から、近くの高校に通うから……どんな街か、興味があって……でも、お店とか……入る勇気、なくて……ウロウロしてたら、あの人たちに……やだって言ったのに……」  すると光樹さんがよろよろとその子に近寄り、抱きしめた。 「怖かったよね……怖かったよね……」  泣いているのは、光樹さんの方だった。  後で光樹さん自身から聞いたのだが、あのスーツの男達はかつて、光樹さんを手篭めにした連中だったのだそうだ。  再婚同士の親を亡くし、血の繋がらない兄である夏輝さんと久紀さんの世話になることを遠慮し、自分で生きる為にこの街で身を売ろうと彷徨っていた光樹さんを、当時大学生だったあいつらが、公園のトイレに引きずり込んでさんざんに酷い仕打ちをしたのだという。  捕まることなくこの街から離れ、ほとぼりが冷めた頃に舞い戻ってきた奴らは、ごく普通の会社員であり家庭の父親にもなっていながら、また悪い癖を出したのだ。息子と同じくらいの美少年を揶揄い、イタズラし、スマホで撮影し、殴り、嬲り……どうせ田舎から身を売りにきたおカマなんだろうとバカにして……。  だが、奴らと遭遇した光樹さんは、あの頃とは比ぶべくもなく強くなっていた。そして、奴らの顔を1日たりとも忘れてはいなかった。恐ろしくて何もできずに泣いていたあの時の怒りを拳に込めて、あらん限りの力で奴らをぶん殴ったのだ。  だが、それでも一度刻まれた傷は、そう癒えるものではない。  4年次に進級し、学校で何となく和貴に様子を聞いたら、光樹さんはまた心療内科に通い始めたと言っていた。  『シン・深海魚』は、光樹さんの涙と共に深く深く、悲しみの底に沈んでしまった……。
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