18.兄弟

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18.兄弟

 そういえば、花見もロクにできなかったと、『スナック・沙絵』の定休日に『シン・深海魚』の早番も臨時休業にして、深海魚チームと沙絵チームとの合同宴会を催すこととなった。来月には園子ママ追悼記念の仲通り祭りを計画していたから、仲間内だけでママを偲ぶと共に、その決起集会の意味もあった。  その中には、やっと深い闇から浮上した光樹さんの姿もあった。今日はジーンズに長袖のロングシャツというラフな姿である。でも、そのシャツが青空を転写したかのような鮮やかな青で、光樹さんの晴れた心を表しているようで、何となくホッとしたのだった。  ウチのスナックが入っているビルのオーナーのご厚意で、屋上を使わせていただき、バーベキューセットをごちゃまんと並べて大宴会が始まった。 「大和(やまと)くん……改めまして、霧生(きりゅう)光樹(みつき)です」  一生懸命に料理を取り分けて皆に給仕する大和に、光樹さんが声をかけた。 「光樹、さん……せ、先日は、ご迷惑をおかけしました」 「あれから、体はもう大丈夫? お店にバイトに入ってくれて、頑張ってるって聞いて……どうも有難う」 「とんでもない、僕こそ、あの時助けていただいて……誰も助けてくれなかったのに、駆け込んだ僕を何も聞かずに匿ってくださって……神様だと思いました。本当に、有難うございました」  大和は折り目正しく頭を下げた。  大和はあれから、バイトも休まず入ってくれて、すっかりお姉さん達のアイドルになっていた。客あしらいもよく、中性的な見た目もあるが、何しろ行儀が良い。熊谷に住むというご両親に厳しく育てられたのだろう。 「……あの時駆け込んできた大和くんはね、14の時の俺そのもの。酷い目にあっても誰も助けてくれなくて、たまたま開いていたあの店に飛び込んだら、園子ママが包丁を手に奴らを追い払って助けてくれたんだ……あの店はね、そうやっていつでも、傷だらけになった人を助けてくれたママの魂が宿っている……大和くん、これからも、手を貸してくれる? 」 「も、勿論です!! 」  大和の頭を優しく撫でた光樹さんは、そのまま俺に向き直った。 「色々と迷惑かけちゃって、ごめんね、京太郎」 「全然そんなことないよ。和貴にも大分助けてもらったし」  ちょっとはにかむように、光樹さんが微笑んだ。この人は強さの裏に弱さも持っている。たくさん傷ついて、弱さも知っているから、人にも優しいし、とてつもなく美しいんだ。 「もう大丈夫。今日の夜から俺がまた店に出るから。典子さんと中富さんとは、だいたい出番のローテーションの打ち合わせはしてあるし、典子さんさえよければ、あのまま早番の厨房をお願いしようかとも思っている」 「うん、その方が光樹さんも動きやすいよね。典子さんとこのホテル、どうも改装が長引きそうだし。光樹さんには、深海魚を長く守って欲しいと思ってるから、光樹さんのやり易いようにしてね」  すると、光樹さんはあの太陽のような笑顔を見せてくれた。 「そんな放し飼いにしちゃって大丈夫ぅ? シメるときはシメてよ、社長」 「社長って……」  すると光樹さんの背中に覆いかぶさるようにして和貴が絡んできた。 「なになに、光樹兄ちゃんがドMって? 」 「聞いた? ちょっと童貞捨てたからってこういうこと言うんだから」 「に、兄ちゃん! 」  美恵子さんとのこと、やっぱり光樹さんはお見通しだったわけだ。 「御仲のよろしいことで。じゃ、兄弟でイチャイチャしてて」  じゃれ合う兄弟を放って、俺は会場のみんなを見回して飲み物が足りているかをチェックした。俺の動きに気づいた政さんが、大量に肉が載った皿を指差して俺を呼んだ。 「君もちゃんと食べないと」 「食べる食べる。あ、そんなデカイ玉ネギ嫌だよ」 「好き嫌いをしては大きくなれませんよ」 「子供か」  嬌声が聞こえて振り向くと、まだ和貴と光樹さんはじゃれあっていた。  小さい頃、クソババアが店で男と遊んでいる間、俺と姉貴もここでああしてじゃれ合って遊んでいた。星空の下、空腹を紛らせて。  和貴にとって光樹さんは、母親代わりに和貴を大きくしてくれた人だ。俺にとっての姉貴のように。  二人の姿はそのまま、俺と姉貴の姿と重なった。    
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