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5.中二病
やはり腹は減る。ストレスと過労なんて、生きてりゃそんなもんしょっちゅうだ、働いてんだぞ、このヤロー! と誰につくわけでもない悪態を叫び、骨盤より凹んでいる腹を所在無く撫でた。もう夕刻の4時だ、イライラする程に、腹が減っている。
ピアノの蓋を閉めて、店のドアを閉めて、俺は仲通りへと向かった。困った時はつい、仲通りに足が向いてしまう。
『深海魚』一択だった。だがふと、午前中に病院で会った人が、その日の夕方に営業しているのだろうか……足が止まってしまった。
案の定、店は閉まっていた。臨時休業のフダ。
思わずその場に、俺は蹲ってしまった。今日は厄日だ……。
いや、今日は良い日だ!
『深海魚』の前で蹲っていた俺を、着付けの仕事に来ていた光樹さんが拾ってくれた。 代々木上原の自宅に連れていってくれて、目の前に沢山ご馳走を並べてくれた。
「よく手伝ってくれて、ありがとう。和貴ももうすぐ帰ってくるはずだけど、先に始めちゃお」
そう言って、キンキンに冷えたビール缶を俺の手に持たせてくれた。
ピカタといい、パスタといい、ピザといい、ローストビーフのサラダといい、どれもこれもが最高に美味くて、箸が止まらなかった。
「たまたまケータリングの仕事がキャンセルになっちゃって、仕込み終わっていたからちょっと困ってたの。遠慮なく食べてね」
「そういうこと、あるんですね。でも、材料費とかは……」
「子供の誕生日バーティーだったんだけど、主役が熱出しちゃって、可哀想に……ホームパーティの場合は、材料費だけをキャンセル代としてもらうことにしてるの。規模も小さいしね。だから、食べてくれた方が嬉しい」
食べさせていただく方はもっと嬉しいです。
「何があった?」
ビール缶を煽りながら、光樹さんが整い過ぎた目を俺に流してきた。ああ、綺麗……。
「別に」
「はい、頂きましたぁ、中2病の常套句!」
「え、ちょっと……」
中2病ってあんまりじゃないですか、と、ビール缶をトン、と置くと、やんのかコラくらいの好戦的な目をして、光樹さんが俺の顔を楽しそうに睨みつけてきた。
「ま、京太郎は我儘言い慣れてなさそうだしなぁ。何、政さんと喧嘩でもした? 反抗期始まっちゃった? 」
「そういう言い方、やめてよ……」
おそらくブスッとして、俺はそう言い返した。精一杯の反抗。
「ガキのくせに、虚勢張ってんじゃねーよ」
「張ってねーよ」
「張ってんだろうがよ。本当は寂しいくせに、一人で無理して弱音吐かないで、んで倒れたんじゃねぇのかよ」
本当は寂しい……?
「みんながそれぞれの道を歩き始めて、取り残された気にでもなったか。政さんとの距離が縮まらなくて、イライラしたか」
ズバズバと畳み掛けてくる光樹さん、ひどく意地悪な言い方をする。
「言えばいいんだよ、一緒にいてくれって。別に愛だの恋だのじゃなくたって、側にいて欲しい時はそう言えばいいし、距離を縮めたければ、おまえが肚を晒さなくちゃ、誰の懐にも飛び込めないんだぞ」
くっそ、泣くもんかと歯を食いしばってみても、光樹さんに頭をポンポンと優しく叩かれた瞬間、俺の意地というダムが崩壊した。
「皆知ってるよ、京太郎が1人で頑張ってること。あの街の沢山の人を救った事も。もっと、頼って良いんだよ、周りの大人をさ、今度こそ、京太郎の番なんだよ」
この人はどうしてこんなに、俺の漠然とした孤独感をズバリと言い当てるのだろう。
何で、この孤独を、理解してくれるのだろう。あんな素敵な恋人がいるのに。
俺は鼻を啜りながら、光樹さんの手に両手でしがみついた。
「頼れったって、頼ったことのない人間には難しい。でも、言い方失敗したって、京太郎を拒む奴なんかいない。大丈夫、大丈夫」
声を抑えることができなかった。体の中の澱を全部吐き出すように、おそらくとても無様に顔をぐしゃぐしゃにして、俺は泣いた。
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