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1
俺と叶汰と咲希は子供の頃からずっと一緒だった。
家族みたいなもんだった。
よく三家族でキャンプに行ったり、旅行に行った。
高校一年の夏、咲希の兄の肇に誘われて海に行った。
肇は子供の頃から優秀で、勉強もスポーツも何でもできた。
咲希の自慢の兄貴。
二人だけで遊びに行くなんて初めてだった。
なんで叶汰と咲希も誘わなかったんだろうと疑問に思っていたら、帰り道で
「力、お前のことが好きなんだ。」
と告白された。
想定外のこと過ぎて俺は何も答えられなかった。
「驚いたよな、ごめん。でも家を出る前にどうしても伝えておきたかった。」
「家出るの?」
「寮にはいることにした。」
「咲希、寂しがるだろうな。」
「めちゃくちゃ泣かれた。」
「告白なんて初めてされた。それが肇ちゃんなんて。」
「ごめんなぁ、俺で。」
「いや、こっちこそ。なんで俺だったの?」
「なんでだろうな。でも気付いたら好きだったんだよ。」
そう言った彼の横顔が夕陽に照らされて妙にキレイだったのを今でも覚えてる。
肇がいなくなって、咲希はしばらく寂しそうだった。
告白されたことは誰にも言わず胸の奥にしまっておいた。
高校三年の春、
「咲希と付き合うことになった。」
と叶汰に言われ、
「そうなんだ。」
とだけ答えた。
それ以上詮索しなかった。
その頃には三人で遊んだりすることもなくなってたし。
叶汰はよくうちに来てた。
二人でいても何も話さない。
咲希のことも何も言わなかった。
二人の関係性はどこで変わっていったんだろう。
俺たちは自分達で気付かないうちに大人になっていく。
そしてふと、あの頃を思い出し戻りたいと思う。
高校卒業してお互い別々の道に進んだ。
俺は大学に進学し、一人暮らしを始めた。
親に、
「肇くんが住んでるアパートなら一人暮らし許してあげるわよ。それなら安心だし。」
と言われ、強制的に決まった。
肇と再会するのは少し気まずかった。
が、もう二年も前のことだ。
「久しぶりだな。大学進学おめでとう。」
肇は変わってなかった。
「なんかごめんね。親が肇ちゃんのそばなら安心だとか言うから。」
「いいよ、別に。久しぶりに会えて嬉しかったし。」
「咲希はここによく来るの?」
「いや来ないな。何か彼氏できたみたいだし。」
「叶汰だろ?」
「いや、他校の奴だって言ってたけど。」
「え?」
「お前は?彼女できた?ちゃんと青春謳歌したか?」
「いや、何かそういうの興味なくて。恋愛とか。人を好きになるって感覚が俺にはない気がしてきた。」
「そういう人もいるみたいだな。俺の知り合いにもいるよ。」
「そういう肇ちゃんは?」
「彼氏できたんだけど、すぐ別れた。」
「彼氏。そっか。」
肇ちゃんとはよくご飯を食べに行ったり遊びに行ったりした。
子供の頃から知ってるから落ち着くし、気を使わなくていい。
兄貴みたいに思ってた。
そんなある日、叶汰がうちに遊びにきた。
叶汰とは卒業してから初めて会う。
「久しぶりだな。元気してた?」
「うん。」
「美容師の専門学校はどう?」
「まぁ、楽しいよ。」
相変わらずあまり喋らない。
「何か用があってきたんじゃないの?」
「用なんてないよ。力に会いに来ただけ。」
「咲希とは?仲良くやってる?」
俺がそう聞いた瞬間、叶汰の顔色が変わった。
なにかヤバイこと聞いちゃったか。
「そもそも、咲希とは何もなかったんだ。付き合うことになったって嘘。」
「え?」
「あの日はエイプリルフールだったから、嘘ついたんだよ。俺が咲希と付き合うって言ったらお前どんな顔するかなって思って。」
「あー、そうだったのか。ごめん、俺普通に信じちゃった。」
「その時わかったんだ。お前は俺のことなんてなんとも思ってないんだなって。」
「え?なにそれ。」
「肇ちゃんとは仲良くしてるみたいじゃん。」
叶汰は俺の知らない顔でにじり寄ってきた。
「叶汰?」
「俺がこんなにお前のこと好きなのに。」
叶汰はそういうと俺の腕をつかんでベットに押し倒した。
「叶汰やめろ!」
俺が抵抗してもビクともしない。
叶汰は俺の服を無理矢理剥いで、俺のことを犯した。
途中からもう抵抗することを諦めた。
叶汰はこんなんで満足できたのか。
自分の気持ちをただぶつけるだけで。
叶汰が帰ったあと、俺はしばらく動けなかった。
すると肇の声がした。
「力?いるのか?」
肇にだけはこんな姿みられたくなかった。
慌てて服を着ようとしたけど身体中がいたくて思うように動けない。
「力!どうしたんだ?」
見られてしまった。
「いや、何でもないよ。」
「何でもないことないだろ!」
恥ずかしくて涙が溢れてきた。
でも肇はそんな俺を抱き抱えて風呂場につれていってくれた。
「誰にこんな乱暴された?」
肇が怒ってるのが声でわかった。
絶対に言えない。
「知らない人。いきなり入ってきて。」
「そうか。もう忘れろ。」
「肇ちゃん、ごめん。」
「お前が謝ることない。俺がもっと早く帰ってれば。助けてやれなくてごめん。」
そう言われて俺は安心して涙が止まらなかった。
しばらく身体が痛くて動けなかった。
その間、ずっと肇がうちに来てくれた。
寝てる間もうなされてる俺の側にいてくれた。
肇がいなかったら俺はどうなってただろう。
それから二年の月日が流れ、俺は就職活動を始めた。
そんな中、偶然咲希と会った。
「力、変わんないね。」
「咲希はちょっと落ち着いたな。」
「そりゃもう22だもん。兄貴元気にしてる?」
「元気だよ。会ってないの?」
「うん。寮生活してからすぐ一人暮らし始めちゃったから。私にも会いにくいんじゃないかと思って。」
「なんで?会いに来ればいいのに。」
「兄貴ね、ゲイだってカミングアウトしたの。家族の前で。そしたらお父さんはぶちギレて、お母さんは泣き崩れて、私は呆然として何も言えなかった。」
「え?」
「味方になってあげられなかった。なんでそんなこと言うの?って思っちゃって。」
「だから家出たのか。」
「うん。ほぼ勘当状態。だから会いにくくて。でも、二年前ぐらいかな。兄貴と叶汰が話してるの見かけたの。話してるって言うか叶汰は怒られてたって感じだった。」
「なにそれ。聞いてない。」
「あんな顔してる兄貴、初めて見た。怖くて声かけられなかった。」
もしかして、バレてたのか。
あの日、あいつが家に来たこと。
でもどうして?
帰宅してすぐ肇のところに問い詰めに行った。
「ちょうど会いに行こうと思ってたんだ。」
「え?」
「引っ越すことにした。お前ももう一人で大丈夫だろうし。」
「そう。いや、それより今日咲希に会った。二年前、肇ちゃん叶汰に会いに行ったんだろ。なんで隠してたの?」
「見られてたのか。」
「なんで叶汰だって分かったんだよ。」
「電話があったんだ。お前にひどいことしたって。謝りたいって泣きながら。で、会いに行った。」
「え?」
「でも殴ったりはしてない。怒りはしたけど。お前には会うなって言った。」
「そりゃ会いたくはない。でもあいつがそれで苦しむのは、」
「そうやってすぐに自分を犠牲にしようとするから会わせなくなかった。お前は被害者だ。加害者に同情なんてするな。」
「でも相手は叶汰だ。」
「許すことが必ずしも相手のためになるわけじゃない。あいつには自分がしたことと向き合う時間が必要だ。」
「それは俺が決めることだろ。」
「お前は優しすぎる。子供の頃、あいつが万引きしたのお前がかばって自分がしたことにしたことあるだろ。」
確かにそんなこともあった。
叶汰があまりにも泣きながら助けを求めてくるから、俺が謝りにいった。
でも結局バレて、親父に思いきり殴られた。
「もうあいつも大人だ。」
「そうだね。肇ちゃんの言うことは正しい。俺たちは大人だ。自分のしたことには自分で責任とらなきゃいけないし、一人で生きられる強さも必要だ。」
でも、それは肇のように強い人間だけだ。
俺たちはそんなに強くない。
「ごめん。俺も別に一人で生きていけるわけじゃないし、お前らより年上だからってそんなに大人なわけでもない。ほんとはお前から叶汰を遠ざけたかっただけだ。」
「え?」
「叶汰の気持ちになんてとっくに気付いてた。お前は優しいから叶汰に求められたらきっと、ずっと一緒にいると約束する。」
「そんなことないよ。」
「ただの俺の独占欲だ。ごめん。でももう俺もお前から離れる。この二年、お前といられて幸せだった。それだけで俺は十分だ。」
「なにそれ。」
「ありがとな。ずっと好きだったよ。」
俺は引き止められなかった。
でも肇がいなくなって寂しかった。
自分を犠牲にして色んなものを俺たちに譲ってきたのは肇の方だ。
昔からずっと俺たち三人が望むようにしてくれた。
そんな肇が初めて自分の気持ちを優先したんだろう。
俺なんかに。
それから一年が過ぎた。
俺は叶汰と会うことにした。
「久しぶりだな。」
叶汰は一言も発せずうつむいていた。
俺は怖くなかった。
あの時の叶汰はまるで別人で、今目の前にいる叶汰とは全然結び付かなかった。
それに叶汰はあの時、ひどく苦しそうな顔をしていた。
苦しいのは俺の方なのに。
「怒ってないし、責める気もないけど。でもお前のためにやるわ。」
そう言って俺は思いきり叶汰を殴った。
人を殴ったことなんてないから自分の手もめちゃくちゃ痛かった。
「いってぇ。骨折れたかも。」
と手をぶらぶらしてると、叶汰は大声で泣き出した。
「お前はほんとに昔から泣き虫だな。25にもなって恥ずかしいから泣き止めよ。」
でも泣き止まなかった。
泣きながら何度も何度も謝っていた。
しばらくして落ち着いてから、
「あの日、肇ちゃんに言われたんだ。"力はお前や咲希より落ち着いてて、大人に見えるかもしれないけど本当は誰より傷つきやすくて誰より寂しがりなんだよ"って。」
「そんなこと言ってたんだ。」
「"だから俺は守るためにずっとあいつの側にいたかった。でもずっとはいられない。俺にできることなんて大したことじゃない"って。」
「なんだよそれ。」
「肇ちゃんには敵わないって思った。肇ちゃんの力を思う気持ちは俺のなんて比べようもないくらい大きくて深くて、もう愛なんだって。」
「そうだね。だから俺、引き止められなかったんだよね。だって応えられないじゃん。同じだけの思いを返せないし。」
「返さなくていいんだよ、きっと。肇ちゃんは必要とされるだけで幸せだったんだよ。」
叶汰にそう言われてなにかがスッと落ちた。
それからまた一年が過ぎて、俺も引っ越すことにした。
ここにいたらいつか肇ちゃんが訪ねてきてくれるんじゃないか、なんて期待してたけど。
そんな時、咲希から久しぶりに連絡があった。
「結婚します!」
「え?」
「だからぁ私結婚します!式に来てよ叶汰と一緒に。」
「もちろんいくよ。てか、おめでとう咲希。」
「ありがとう!で、折り入って一つ頼みたいことあるんだけど。」
咲希からのお願いを断るわけがない。
俺はドキドキしながらインターホンを鳴らした。
が、いない。
仕方なく俺はしばらくマンションのロビーで待つことにした。
ロビーのソファがあまりにも座り心地がよくて気がついたら座ったまま寝ていた。
「やっと起きたか。」
「あ、寝てた。」
「不審者だろ明らか。」
「起こしてくれたらよかったのに。」
「あまりにも気持ち良さそうに寝てたから。」
「お腹空いた。なんか食べさせてよ肇ちゃん。」
「仕方ねぇなぁ。」
「あとさ、」
振り返った隙に唇を奪ってやった。
「あ、お昼カレー食べた?カレー味だったわキス。」
「...惜しいな。」
「え?」
今度は俺がやり返された。
「カレーが惜しいなら、カレーパン?」
「カレーうどん。」
「そんなの当たるかよ。」
それが俺と肇の始まりだった。
出会ってから20年以上。
長すぎない?
咲希の結婚式で肇と叶汰が顔を合わせたときはさすがにヒヤッとした。
ビクビクしてる叶汰を笑いながらいじめてる肇に、
「ちなみに俺と肇のキューピッド、叶汰だから。叶汰に感謝しなよ。」
と忠告しておいた。
「三人とも来てくれてありがとー!これ、旦那。」
旦那さんはなんと高校の時の彼氏だった。
「お前、一択だったの?」
「いやーそういうわけじゃなかったけどね。」
「でもお似合いだよ。ほんとおめでとう。」
「力とお兄ちゃんもお似合いだよ。」
「え?」
「お幸せにね。」
こわぁ。
どこでバレた?
肇は両親となかなか言葉を交わせずにいた。
式が始まったら隣に並ばないといけないのに。
仕方ない、俺が一肌脱ぐか。
と、叔父さんと叔母さんとこに向かった。
「本日はおめでとうございます。」
「え、力くん?」
「叔父さん叔母さん、お久しぶりです。」
「立派になって。ほんとは咲希と結婚してほしかったのに残念だよ。結婚してくれたら息子として迎えられたのに。」
「息子として迎えてもらえますか?」
「え?」
「俺、肇といつか結婚するんで。そしたら歓迎してもらえますか?」
「嘘でしょ?」
「力くんが肇のパートナーなのか?」
「はい。俺では役不足ですか?」
叔父さんと叔母さんはとっくに肇を受け入れようと決意してたようだった。
咲希が何度も説得してくれたそうだ。
息子のことを理解したいと色々勉強もしてくれて。
「肇、ごめんなさい。私たち、あなたを受け入れるのに随分時間がかかったわ。そのせいであなたを苦しめて、一人にしてしまった。」
「一人じゃなかったよ。俺には力がいたから。」
「そうみたいね。力くんがいてくれて本当によかった。」
叔父さんは、
「力くん、肇のことよろしくお願いします。」
と頭を下げてきて、慌てて俺たちも頭を下げた。
そんなこんなで無事、咲希からのお願いを叶えた俺は家に帰ると疲れて寝てしまった。
目が覚めると真っ暗で月明かりだけが部屋を照らしていた。
一緒に暮らしだして分かったけど、肇は叔父さんににて不器用だ。
料理を作るのにものすごい時間がかかる。
よく一人暮らしできてたなと思う。
「お前、俺にプロポーズする前に両親に結婚宣言するとかイカれてる。」
「なに、断る気?」
「断る権利あるの?」
「ないけどね。」
「...ありがとな、力。」
「俺はしたいようにしただけ。」
「じゃあ俺もしたいようにしていい?」
「いいけど、もうゴムないよ?」
「ちゃんと買ってきてますぅ。」
「昔から思ってたけど肇ってむっつりスケベだよな。」
「え?昔から思ってたって、いつから?」
「海に行った時から。二人で海とかエロくない?俺の水着姿見たかっただけでしょ?」
「水着姿っていうか、腰?」
「うわぁ、変態。」
「変態でいいよ、別に。」
「まぁ、肇が変態じゃなかったら俺たち今こうしてないわけだしね。変態万歳。」
「なにそれ。」
肇が笑うと心の奥がじんわり暖かくなる。
幸せな気持ちになる。
これが好きとか、愛なのかな?
と最近分かり始めた。
「肇、愛してるよ。」
と試しに言ってみたら意外にしっくりきた。
もっとしっくりくる日がきたら一緒にあの海にいこう。
そう思った。
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