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忘れ山は標高六百メートル程しかなく、登山者が普段着で登れる、頂上まで歩いて二時間とかからない小さな山である。
それでも頂上は眺望がいいだけで他に何もなく、村の人々は頂上へ行くことはほとんどなかった。こちらの村からあちらの村への近道として山の中腹を越えるぐらいである。
電気がようやく麓まで普及し始めた頃までは、山には妖怪がいて悪さをするという噂があり、付近の村人達は妖怪を恐れて山の奥へはめったに行かないようにしていた。
山の麓の蕎麦屋でのんびりと茶を飲んでいた深川誠一に蕎麦屋の婆さんが尋ねた。
「あんた、これから山に入るつもりかね」
「ええ。山を通ってあちらの村へ行くつもりです」深川は答えた。
「なら気をつけた方がいい。山には妖怪がいるからのう」
腰が九十度に曲がり、皺だらけの顔に埋もれた目がどこにあるのか分からない、散々に歯が欠けている、自分が妖怪のような婆さんが言った。
「妖怪がいるんですか」
「そう、妖怪がいるんじゃ。そもそもこの山は忘れ山と言って鬱蒼とした天然の森林に守られてきた修験道の霊場で、密教の聖地でもあるんじゃ。昔は権力者によって守られてきたんじゃが……」
この話長くなりそうだと、深川は婆さんの話を耳から耳へ受け流し辺りの景色を伺った。
ブナなカシなどの木々が生い茂り、深川が初めて見る植物もあちらこちらに花を咲かせている。深い思惑なしに散策を楽しむなら絶好の場所だった。
「……で、山の奥地に妖怪が住むついたのじゃ。妖怪の名は『忘れ』といってな」
婆さんの口から妖怪の名が出たところで、深川は話に意識を戻した。
婆さんは話を続けた。
「……その『忘れ』に何かを尋ねられて応えようとすると、尋ねられた事について忘れてしまうという妖怪なんじゃ」
「そんな妖怪が山にいるんですか。怖いなあ。そいつはどんな姿をしてるんですか」深川は尋ねた。
「分からんね。何しろ尋ねられた事は全て忘れてしまうので、妖怪のやつ、自分に会った事すら忘れさせてしまうんじゃ。大きいのか、小さいのか、一つ目なのか、口だけの化け物なのか、まるで分からん」
「忘れてしまった事はもう思い出さないんですか」
「うんにゃ」婆さんは首を横に振った。「すぐ思い出す事もあれば、いつまで経っても思い出さない事もあるそうじゃ」
「面倒な妖怪ですね。でも野菜嫌いな子供なんかにはいいかも。野菜が嫌いな事を忘れてしまうから」
「いくら忘れたって、葉っぱが好きにはならんじゃろう」
「そりゃそうか。忘れたって食べればまた嫌いになるだけですね」
「そうじゃ、そうじゃ。忘れたって何にもならん」
「お腹が痛いのを忘れられたら便利じゃないですか」
「うんにゃ。それだって腹痛は便所に行くなり、医者に行くなりしなけりゃ治らんじゃろう。放っておけば一大事になるかもしれん。痛みを忘れたらいかん時もある」
深川は何度も頷いた後で尋ねた。
「もし山の中で妖怪に会ったらどうしたらいいんですかね」
「何ともしようがないのう。ただ一つ言われている方法は、山の中では、誰かに会って何かを尋ねられても知らん顔をするんじゃ。相手の質問に応えなければ忘れんそうじゃからのう。それでも心配なら、妖怪に会わんがええ。山には入らずに山裾の道をぐるっと回れば妖怪に会わんですむけんどのう」
婆さんからそう言われはしたが、深川は蕎麦屋を後にして山の中に向かった。
深川が山の中に入るのと同じくして、男が一人、深川の後に続いて山の中に入った。
山道はなだらかだが至る所にカヤが茂っており草ぼうぼうである。山道もあるのかないのか分からないけものみちだった。
深川は山の中で、後ろからついてくる足音が気になった。足音は一定の距離を保ってついてくる。
深川が我慢しきれず振り返ると、後をついてきた男は足早に深川においついた。
山の中は涼しいだろうと深川が着ゴザ、脚絆を身に着け、草履を履き、ズックの鞄を肩掻けにしているのに対して、男は半袖のランニングシャツと短パンにぼろぼろの草履、荷物一つ持っていない。
いかにも怪しげな登場に、深川はまじまじと男を見つめた。
自分と同じ三十代前半ぐらい、身長も百六十とほぼ同じ、卵型の顔で目はやや吊り上がりずるそうな印象を与える、痩せ気味で体力自慢ではない、と深川は男を見て思った。
「一緒に歩かせてもらえませんか」男が尋ねた。
「いいですよ」深川は応えた。そして首を捻って考えた。「……それで何をするんでしたっけ」
「一緒に向こうの村まで歩くんですよ」男がニヤニヤしながら言った。
「ああ、そうでしたか」
「さっきあなたが麓の蕎麦屋で、山に出る妖怪の話を店の婆さんと話しているのが耳に入りましてね。一人で山に入るのが心細くなりました」と男が言った。
深川はコクコクと頷き、並んで歩き出した。
山は一時間も歩けば向こう村へ繋がる平坦な道に出る。二人がほんの五分歩いた頃、男が尋ねかけてきた。
「わたしは里見という者です。あなたのお名前は?」
深川は首を捻った。
「名前……、わたしの名前は……。何だったかな」
里見は深川が考え込む様子を見て、にやりと笑った。この男がまさしく妖怪『忘れ』だった。
深川は首を捻り、頭を掻き、空を見上げ、掌をじっと見つめたりしていたが、唐突に、応えた。
「そうだ、そうそう。わたしの名前は、田辺慎太郎です」
その言葉を聞いて『忘れ』は目を真ん丸にして驚いた。
「どういうことだ。こいつは自分の名前を憶えているじゃないか。そんな馬鹿な。じゃあお前の住んでいるところはどこだ?」
尋ねられて深川改め田辺はまたしても首を捻り、頭を掻き、遠くの山向こうを眺め、掌をじっと見つめながら考えていると、ぱっと目を見開き応えた。
「こちらの村の駒井末吉の家の右隣、坂道上って突き当り真ん中だ」
「そんなバカな。どういうことだ。どうしてだ」『忘れ』は驚き慌てた。「俺はこの山に住んでいる妖怪だ。麓の連中が『忘れ』と呼んでいる妖怪はこの俺のことだ」
「あなたが妖怪?」今度は田辺が驚いた。
『忘れ』は田辺に一歩近づき、胸先に指を突きつけて言った。
「俺が尋ねた事に応えようとすれば、そいつは尋ねられた事の全てを忘れてしまう。なのにお前は俺が尋ねても忘れずに応えられた。一体どうしてだ?」
尋ねられて田辺は、首を捻った。
「……なぜだろう。忘れた」
「今のは忘れたのか。じゃあ、俺の力が通じないわけじゃないんだな。それでも名前は憶えている。おかしなやつだ」
田辺は、遠くを見たり天を仰いだり、頭を掻き掻きしながら考えていた。そして唐突に目を大きく見開くと言った。
「実はわたし、記憶を失っているんです。ある日、家の近くの坂道を思いっきり転げ落ちたらしくて、自分がどこの誰だか名前すらも忘れてしまったのです。それで今までは勝手につけた名前を名乗っていたのです。ところがあなたに尋ねられて、わたしは自分の本当の名前を思い出しました。つまり、忘れていた事を忘れたのです」
「忘れていた事を忘れたから本当の事を思い出したって……。そんなことあるか?」
「あるかどうか……。どうかなあ、忘れました」田辺はにこにこしながら答えた。
「いい加減にしろ。妖怪をこけにしやがって。面白くない。とっとと山を抜けていけ」
去ろうとする『忘れ』に田辺が、
「ちょっと待ってください」と、呼び止めた。「わたしは先程言ったとおり記憶を失っているのです。今は名前と住んでいるところだけ思い出しました。けれどもまだまだ思い出さなければならない事は山程ある。家族、仕事、楽しい思い出、悲しい思い出、その他いろいろ数え上げればきりがない。頼みます。わたしに何でも根掘り葉掘り聞いてください。そしてあなたの力で、わたしの忘れている記憶を思い出させてください」
「冗談じゃない。俺は人が大事な事を忘れて、思い出そうと悩んでいる姿を見るのが大好きなんだ。なのに記憶を思い出させるなんて、そんな人を喜ばせるようなまねができるか」
『忘れ』は田辺から離れようと走り出した。その後を田辺が追いかけて走る。
「待ってください! 尋ねるだけでいいんですよ。待ってください!」田辺が叫ぶ。
「ついてくるな! ……そうだ」
『忘れ』は走るのをやめて立ち止まった。田辺も立ち止まる。『忘れ』は田辺に尋ねかけた。
「お前はどうして俺を追いかけてくるんだ?」
ところが田辺はその質問には応えようとせず口笛を吹いている。
「ちくしょう!」
一言叫ぶと『忘れ』は再び走り出した。田辺も後を追う。日の入り近くまで散々追いかけっこが続いた末に『忘れ』は山の奥深くに逃げていった。
辺りが暗くなった頃、田辺は隣村に着くと医者を訪ねた。
「やあ、深川さん、山はどうでした」
医者が尋ねると田辺と名乗っていた深川は言った。
「『忘れ』に会えました」
深川は喜びながら医者に掌を見せた。
掌には『田辺慎太郎』『こちらの村の駒井末吉の家の右隣、坂道上って突き当り真ん中』と書いてあった。
「名前と住んでいるところを応えたら『忘れ』はびっくりしてましたよ。散々追いかけたので最後にはうんざりした顔をしてました」深川が言った。
「それはよかった。これで『忘れ』は、当分姿を見せないでしょう」
「それより先生。忘れに会ってわたしが忘れている事を忘れればわたしの記憶を思い出すという画期的な考えですが……」
「どうでした?」
「さすがに忘れた事を忘れたから思い出すというのは無理があったみたいで、わたしは記憶を何一つ思い出せていません」
深川はしょんぼりしていた。
「そうですか。人というのは忘れてはいけない事は簡単に忘れてしまい、忘れたい事はなかなか忘れられない、そういう生き物ですから」
医者はあっさりと言った。
やがて村には人が増え、町へと変わった。国の年号もいくつも変わり周囲は様変わりした。忘れ山は標高が低く大して険しくもないが眺望岳と名前を変えた。都市部に近いわりには自然が保たれ観光登山者が多くなった。頂上までの行き来を楽にするため山頂近くまでケーブルカーが設置され、トンネルを掘って高速道路が通り、近くにはインターチェンジができた。インターチェンジを利用してハイキングにくる者も少なくない。道路の開通により、山を越えて隣町へ行こうとする者はほとんどいなくなった。
山の入口の食事処で茶を飲みながら辺りの景色を高山澄江と高山彩菜は眺めていた。二人は姉の澄江、妹の彩菜の姉妹だった。利発そうで切れ長の目や、細身で背の高いところが似ていた。二人共まだ二十代だった。
山は元々気軽な登山者が多いのだが、ここ数日の雨続きで大勢が登頂に飢えていた。それが、日曜日、久しぶりの快晴で頂上を目指す登山者は大挙押しかけてきた。澄江と彩菜の二人も会社の休みを利用して来ていた。
山には登頂ルートがいくつかある。たいていの登山者は店が多いメインコースを行くが、喧騒を離れた植物の生い茂った静かなコースもある。ケーブルカーで終点まで行き頂上を目指すお手軽なルートもある。二人のいる食事処のルートは静かなコースで登山者の姿も控え目だった。
茶を飲み終えたら山を登りますという具合の二人に向かって食事処の爺さんが尋ねた。
「お二人はこれから山頂を目指すところかね」
爺さんの問いかけに澄江が答えた。
「私達、山頂までいくつもりはないんです」
「じゃあ途中の景色を眺めに来たのかね」
「ケーブルカーの終点からモミジの紅葉を見たくて来たんです」
「絶好の色付き具合だからのう」と言って爺さんは残念そうな顔をした。「じゃが、ケーブルカーは今日運転しておらんよ」
澄江と彩菜は顔を見合わせた。
「ニュースを見たんですけど、崖崩れがあったとか」
澄江が言うと、爺さんは頷いた。
「最近の雨続きで地盤が緩んだんじゃろう。まあ崖崩れ言うてもほんの少し表面の土が道路に落ちただけじゃがのう。それでも登山客が多いからのう。町の方でも何かあったら一大事ちゅうて大騒ぎして点検しておるよ」
「ケーブルカーは無事なんですか」
「ケーブルカーは無傷なんじゃが、ケーブルカーの鉄塔の近くで崖崩れがあったもんだから念のために点検しておるよ」
「途中まで歩いて行くのも無理ですか」
澄江が心配そうに言い、彩菜も爺さんを見つめながら言葉を待った。
「道路が通行止めになってるところもあるんじゃが、ケーブルカーの終点までなら歩いて行けるよ」
「そうですか」
澄江が安心したように言うと、彩菜も胸を撫で下ろした。
「私達、景色を見に来ただけなので、行けるところまで行ってみます」
澄江が彩菜に聞かせるように言うと、彩菜は立ち上がってリュックを背負い始めた。
澄江も立ち上がり、身支度を整え始めた。
「上々な天気じゃ。忘れ山に入れば、いい景色を眺められるじゃろう」
爺さんの言葉を耳にして彩菜が尋ねた。
「忘れ山って?」
「ああ、今は眺望岳じゃったのう。昔は忘れ山と麓の者は呼んどったんじゃがのう」爺さんは山を見上げながら答えた。
「随分変わった名前ですね」澄江が言った。
「昔は妖怪が住んでおったって話じゃ」
「妖怪?」彩菜が驚いた。
「妖怪じゃ。忘れ山に住む『忘れ』という名の妖怪でな。こいつが通りかかる者に尋ねかけて相手がそれに応えようすると、相手は尋ねられた事について全て忘れてしまうんじゃ」
「全て忘れる」
澄江と彩菜が驚いて同時に声を発した。
「とんでもない迷惑な妖怪じゃ。ところがのう、年月が経つにつれて言い伝えが変わってきてのう。忘れてしまうのが悪い事だけになったんじゃよ」
「それはどうして?」彩菜が尋ねた。
爺さんは顎をさすりながらもったいぶっていた。忘れの話は店を訪れる客に爺さんが話して聞かせる得意話だった。澄江と彩菜はじっと爺さんの言葉を待っていた。そこで爺さんは話し始めた。
「ある天気のいい日に四、五人の若い連中が山頂に集まったんじゃ。そいつらの目的は山登りではのうて悪い事の企みをするためだったんじゃ。そこで山頂から辺りを伺っていたところ景色の絶景に見惚れてすっかり悪事について考えるのを忘れてしまったんじゃ。そんなことから山の名は眺望岳になり、妖怪の仕業も、悪い事の記憶を消す、に変わったっちゅうことじゃ」
爺さんの話を聞いて澄江と彩菜は、
「それ、いい話ね」
「いいね」
と二人して、にこりとした。
澄江と彩菜は爺さんに挨拶すると山を登り始めた。
「悪い事だけ忘れさせる妖怪。仕事で失敗した時に忘れさせてもらったら便利ね」上り道で息を切らせながら彩菜が言った。
「何言ってるの。人は失敗を糧に成長するものよ。失敗した事を忘れてたらいつまで経っても成功できないわ。失敗した事は忘れない方がいいのよ」
澄江も上り道で一歩一歩足をゆっくりと前に出しながら言った。
「そうだろうけど、実際失敗した記憶って本人にとっては苦痛でしかない」
しばらく歩くと、道の傍に生えている木々も色付き始めているのが見て取れた。
「ねえ、嘘をつくって悪い事?」彩菜が尋ねた。「自分のした事をしていないって言うのは悪い事かなあ」
「嘘も方便って言葉もあるぐらいだから悪いって決められないわよ」彩菜が答えた。
二人はその後しばらく無言で歩いた。上りが一旦終わり平坦な道が続いていた。
「ねえ、暴力を振るうのは悪い事?」
彩菜が視線を足元に向けたまま言った。過去を思い出し目頭に涙が滲んていた。
「暴力は悪い事よ。躾とか教育とかいう理由で暴力を振るう人がいるけどまやかしよ。暴力はどんな理由があるにしたって悪い事! 絶対に悪い事!」澄江が強い口調で言った。
澄江にも彩菜が思い出していたと同じ過去の記憶が蘇っていた。
道は上りに転じた。しばらく続く上りを越えればケーブルカーの終点が見えてくる。
二人の脚は重くなってきたが、一歩一歩地面を踏みしめながら歩いた。最近の雨で道はぬかるんでいた。神経を足下に集中しながら歩かないと滑って転びそうになる。
二人は黙々と歩いていたが、やがて彩菜が口を開いた。
「ねえ、人を、人を……」彩菜がその言葉を言おうとして言い淀んだ。「……人を、人を殺すのは悪い事?」言葉が震えていた。
「単純に考えちゃダメ。罪もない人を殺すのは酷いけど、殺さなければいけない場合だってあるわよ」
「どんな場合?」
「……たとえば戦争」
「レアすぎるよ」
「襲ってきた相手を誤って殺してしまった場合はどうかしら」
「正当防衛だったら責められない」
「恨みを晴らすためだったら」
「仕置人だ」
「仕事で人を殺す場合もあるわよ」
「仕事? 仕置人以外で」
「拘置所の刑務官は死刑囚を死刑にする時、首に縄をかけた死刑囚の足下の床を、スイッチを押して開けるのよ。そうすると床が開いて首吊りになるの」
「……」
「刑務官は三人いて誰が床を開けるスイッチを押したかは分からないようになっているんですって」
「スイッチを押すのって気が重いね」
「でしょうね。でもそれは国が決めた仕事よ。そういう場合もあるんだから人を殺す事が必ずしも悪い事とは限らないわ。そう、限らない」澄江は自分自身に言い聞かせるように言葉を繰り返した。
「でも……」彩菜が言った。「悪い事であるべき」
澄江は大きく首を横に振った。纏わりついてくる邪念を振り払うかのように。そして彩菜に言った。
「ダメよ。楽しい事を考えないと。悪い事は考えれば考えるほど深みにはまっていくものよ。考えるのは楽しい事だけでいいの。楽しい事を考えなきゃダメなのよ」
「楽しかったのはお母さんが生きていた頃まで……」
ケーブルカーの終点が見えてきた。この辺りは道のぬかるみが特に酷かった。
澄江は先の道を指さした。
彩菜が澄江の指さす方向に視線を向けると、食事処の爺さんの話どおり崖崩れの場所が前方にあった。人が近づかないように通行止めの看板があり、周りにロープが張られ、幾人かの作業員が崩れた場所を調べているところだった。
周囲はモミジの葉が紅く染まっている。眺望は山の下まで見下ろせ、途中の葉は黄、下は緑と異なった色分けが層ごとにあり息を飲む景色となっていた。
「わたしに何かあったらこの景色が見えるところに埋めて欲しいな」彩菜が言った。
「それなら、もしわたしの方が先に何かあったら、この景色が見えるところにお願いね」澄江が笑って言った。
「家族が一緒になれる」彩菜も微笑んだ。
崖崩れの土砂は、少し上の斜面から崩れ落ち、途中の平坦な場所を削り、先の道まで落下していた。
二人は斜面の上の平坦な場所に視線を向けていた。
「人の土地に勝手に穴を掘って埋めるのは悪い事だよね」彩菜は斜面を見上げながら言った。
山の下から見上げても途中の平坦な場所がどうなっているかは分からなかった。
「そうね、絶対悪い事よ」澄江も同じ方向を見つめながら言った。
「とんでもなく悪い事だよね」彩菜が言う。
「とんでもなく悪い事よ」澄江も言った。
二人は顔を見合わせた。
「妖怪に会いたい」彩菜が言った。
「会いたいわね」澄江が言った。
了
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