うず潮とパンケーキと。

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 わたしは彼の思わぬ性癖を見てしまったような気がして、表情を引きつらせた。 「何ですかその顔。……あっ、もしかして引いてます!? 引いてますよね!?」 「…………べっつに~」  引いてはいない。いない……けど、ちょっと意外だっただけだ。こんなに真面目な彼が、〝萌え〟なんて言い出す日が来るとは……! 「やっちまったなぁ……」  そんな彼の呟きが聞こえて、わたしは笑うのを必死にこらえていた。    * * * *  ――福良港から出ているうず潮クルーズの船は、二種類ある。  ひとつは幕末に(かつ)(かい)(しゅう)が乗っていたという船を摸した茶色の船、その名もずばり「(かん)(りん)(まる)」。この船では船内でお酒やお料理が楽しめるらしい。  もうひとつが、これからわたしたちが乗船する「日本丸」という白い船だ。 『――本日は鳴門海峡うず潮クルーズ船、日本丸にご乗船下さいましてありがとうございます』  船が出港すると、乗務員の女性がハンドマイクを手にアナウンスを始めた。  このクルーズではうず潮がすぐ近くに見えるだけではなく、乗務員さんのガイド付きで周辺の観光スポットなども見られるのだ。  お天気は良好とまでいかなかったけれど、初めて間近で見たうず潮の迫力はものすごくて、自然の驚異というか神秘というか……、そんなものをひしひしと感じられた。  もちろん、この感動を親友たちとも共有(シェア)したくて、わたしはスマホで動画を撮影し、インスタにアップした。    * * * *  ――一時間のクルーズを終え、船は福良港へ戻ってきた。 「うわぁ、潮風でベトベト! 貢のパーカー、借りててよかった」  乗船前に心配していたとおり、パーカーのフードからはみ出ていたわたしの髪の毛先は、潮風を浴びたせいでベタついていた。でも、これだけで済んだのは、彼が快く自分のパーカーを貸してくれたおかげである。 「貢の髪、わたしよりヒドいことになってるね……」 「はい。今日は念入りにシャンプーしないと、髪傷んじゃいますよね」  わたしが彼の髪を触ると、彼も困ったように苦笑いした。 「ホント。わたしなんかロングだから大変かも」  わたしも笑う。でも、どれだけ手間がかかってもケアを欠かさないのは、ひとえに愛しい彼のためなのだ。 「――さて、ここの道の駅でちょっとママたちのお土産買って、パンケーキ食べに行こうか」  川元さんが言っていたけれど、ここには海産物の加工品が数多く売られているらしい。母やお義兄さまのお酒のつまみになりそうなものなら、ここで手に入りそうだ。 「そうですね。どうせなら、ここから直接配送頼みます? お菓子はともかく、海産物の加工品は持ち歩くわけにもいかないでしょ。臭いの問題とかありますし」 「……そうだね」   確かに、磯の香りをプンプンさせながら旅行を続けるのはちょっと抵抗がある……かも。  ――というわけで、ここで買ったお魚の干物や三年トラフグの加工品などは東京の自宅宛てに配送してもらうことにして、わたしたちは貢の運転する車でまた島を、今度は西側から北上するのだった。    * * * * 「――はぁ~~、美味い! 食べられてよかった」  彼は念願だった〈幸せのパンケーキ〉で「バナナホイップパンケーキ・チョコソース添え」を一口味わうと、至福の表情を浮かべた。 「貢って、甘いもの食べてる時すごく幸せそうな顔になるよね。女の子みたい」  わたしはシンプルなパンケーキを頬張りながら、まるで母親になったような気持ちでそれを眺めていた。  彼が幸せそうな笑顔でいると、わたしまで幸せな気持ちになるから不思議だ。 「そういう絢乃さんだって、僕とおんなじような顔してますよ?」 「……だって美味しいんだもん」  ここのパンケーキは厚みがあって、フワフワでしっとりしている。バターとカラメルソースが利いていて甘さ控えめなので、甘いバニラアイスとの相性がバツグンにいいのだ。
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