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――『幸せの鐘』には、ほんの数分足らずで着いた。
海をすぐ側に臨むその場所に、チャペルの鐘を思わせる小さな鐘がひっそりと佇んでいる。それだけでもちょっと厳かな雰囲気があるのに、水平線に沈む夕日がバックに入るとやっぱり写真映えしそうだ。……今日は残念ながら、生憎の曇り空だけれど。
そんな曇天で、しかも今日は平日だというのに、鐘の周りには何組ものカップルや女子ばかりのグループなどがワチャワチャと集まっていて、撮影の順番待ちをしていた。
「――わぁ、やっぱりスゴい人気だね。みんな考えることは同じっていうか」
「〝幸せ〟って名前が付いてるからでしょうね。皆さん、その言葉にあやかりたいんでしょう」
確かに、ガイドブックの記事や観光パンフレットにも書かれていた。「この鐘の前で写真を撮ると恋が成就する」とか、「ステキな出会いがある」とか。「携帯の待ち受け画面にすると恋愛運がアップする」とか。
人は(みんながみんなではないけど)恋をする生き物だから、そういうジンクスに縋りたい時もあるのかもしれない。
ようやくわたしたちにも順番が回ってきて、さてどうやって撮影しようかという問題にぶつかった。
「――よかったら、わたしが撮りましょか?」
すると、先ほど撮影を終えた観光客と思しき女性が一人、わたしたちに声をかけてくれた。
彼女の言葉は関西弁で、年齢的に貢と変わらないくらいのOLさんらしい。彼女は一人で来たわけではなく、お友だちと二人だった。
「えっ、いいんですか? じゃあ、このスマホでお願いできます?」
わたしは彼女の厚意に甘えることにして、カメラモードにしたわたしのスマホを託した。
「いいですよー。じゃあ撮りま~す。ハイ、淡路~!」
彼女がシャッターを切った。どうでもいいけど、「ハイ、淡路!」っていう掛け声は斬新だ。淡路島ならでは、というか。
「キレイに撮れましたよー」
「ありがとうございます! わぁ、二人ともいい表情してるね」
返してもらったスマホで、わたしたちは仲よく撮ってもらったばかりの写真を眺めていた。
そんなわたしたちの様子を見ていたその女性が、こんな質問をした。多分、薬指の指輪に気づいたのだろう。
「お二人って、どちらから来られたんですか? もしかして新婚さん?」
「分かります? 一昨日、式を挙げたばかりなんです。東京から新婚旅行で来ました」
わたしと貢はちょっと年齢が離れているので、カップルに見られることはほとんどない。それだけに、この女性から〝新婚さん〟と言ってもらえたのはものすごく嬉しかった。
「東京か……。ウチらは大阪から来たんですー。おんなじ会社の同僚で、歳も一緒で。ここで写真撮ったら、ええオトコと縁できるかなー思て」
「そうそう。いわゆる〝マンハント〟やな」
「……はあ」
彼女の隣で、お友だちも頷いた。……でも、〝マンハント〟ってちょっと意味が違うような。逆ナンパみたいな感じかな?
わたしは間抜けな返事しかできず、貢に至ってはポカンとアホ面を晒している。
「そしたら、お二人みたいな仲睦まじい新婚さんに会うて。ますますご利益ありそうな気ぃしてきたわー。ありがとうございますー」
「いえいえ! こちらこそ、ステキな写真を撮って頂いてありがとうございました。いい男性に出会えるといいですね」
「はいっ! おたくのご主人みたいなええ人、絶対にゲットしますー! ほな」
OLさん二人組は、最後までワチャワチャしながら去っていった。
「行っちゃったねぇ……。っていうかご主人って。貢は婿どのなんだけど」
「……はい? 何かおっしゃいました?」
「ううん、別に。――さて、わたしたちもそろそろホテルに向かいましょうか」
――わたしたちは車で再び淡路島を南下し、東側の沿岸部にある洲本温泉のホテルへ向かうのだった。
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