湯けむりと貴方とわたし。

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 着替えその他を抱えて浴室へ行こうとしたわたしの背中に、貢の声が飛んでくる。 「絢乃さん、バスタオルと浴衣は脱衣所にありますから。持っていくのは着替えと洗面道具くらいでいいと思いますよ」 「分かった、ありがと」  本当は自前のバスタオルも持っていこうと思ったけれど、ホテルのアメニティがあるならそっちを使わせてもらおう。  ――着ていたものを全部脱ぎ、先に髪を洗ってから浴槽に浸かった。 「はぁ~~、いいお湯~~♪ 気持ちいい~~……」  ここ洲本温泉の泉質は〝美肌の湯〟らしい。この淡路島を創造したという古代神・伊弉冉尊(イザナミノミコト)も、この温泉でお肌を磨いていたのかな……。夫である伊弉諾尊(イザナギノミコト)のために。だとしたら、なんかロマンを感じる。 「わたし、これ以上お肌ツルツルスベスベになっちゃったらどうしよう。貢、困っちゃうよね……。フフフッ♪」  いい加減気持ちよく温まったところで、わたしは濡れた髪をヘアクリップでひとまとめに留めて、浴衣姿で入浴を終えた。 「あー、いいお湯だった~♪ お天気がよかったら、眺めも最高だったのにね」  ホカホカと湯気を立てながら貢の元へ。……そういえば、彼にわたしの浴衣姿を見てもらうのも初めてだ。さて、どんな反応をするかな? 「あ……、絢乃さん。浴衣いいですね。大人っぽくてステキです。……っていうか、和装の着付けもできるんですね」  彼は(ほう)けたように、わたしの浴衣姿に見惚れている。凝視できないのは、照れているから? 「ありがと。――うん、着付けもね、女帝学で身につけたスキルなの。っていってもね、この浴衣は簡単なもんだったけど」  その気になれば、本格的な着付けも自分でできるのだ。セレブというのは、パーティーの席やお茶会、冠婚葬祭の時など和装になる機会が多いから。……と母も言っていた。 「いえいえ! 帯の結び方とか、もう完璧じゃないですか。仲居さんもビックリですよ、きっと」 「……そうかな?」  こういうホテルや旅館の浴衣って、みんな簡単に着られるものだと思っていたけど、違うのかしら? 「はい。――そういえば髪、アップにしてるんですか?」 「うん。どうせまた後でお風呂に入るし、これからゴハンでしょ? 髪ジャマにならない方がいいかと思って。……なんか問題でも?」 「あの……、うなじが……その、目のやり場に困るというか……。じゃなくて、ちゃんと乾かした方がいいんじゃないかと」  ……貢、貴方はごまかしたつもりかもしれないけど、ちゃんと前半も聞こえてたよ?   「…………そう? じゃあ、貴方が乾かしてくれる?」  わたしは洗面脱衣所にあったドライヤーを持ってきて、彼に「はい」と差し出した。 「もちろん、やりましょう。後ろ向いて下さい」  若干、無言の圧力(……いや、無言ではないか)もかかっていたと思うけれど、彼は渋ることなく引き受けてくれた。  わたしがヘアクリップを外すと、なぜ慣れているのか分からないけれど手際よくドライヤーの温風で髪の水分を飛ばしていく。 「――はい、終わりました」 「ありがと」 「そういえば、ジャケットとパーカーの匂いが消えてたんですけど。絢乃さん、何かしました?」  彼にそう訊ねられ、わたしの目が泳いだ。別に悪いことはしていないけど、荷物が多いことをツッコまれるのはゴメン(こうむ)りたい。  ……でも、彼にはウソをつけない。 「あ…………、うん。ファブリーズ振ったけど」 「ファブリーズ? そんなものまで持ってきてたんですか。……まさか、丸ごと一本?」 「うん」  貢、呆れるよね……。わたしはこわごわ、彼の顔を覗き込んだけど。 「ハハハッ! 絢乃さんらしいですね……。重くなかったですか? どうせなら、僕の荷物に入れてくれたらよかったのに」  彼はむしろ、愉快そうに笑った。おまけに、ちょっとした優しさまで見せてくれた。
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