湯けむりと貴方とわたし。

3/4
前へ
/58ページ
次へ
 その後、わたしは乾かしてもらった髪をもう一度ヘアクリップで結い上げ、あとは夕食が運ばれてくるのを待つだけとなった。 「――篠沢様、失礼いたします。 お食事をお持ちいたしました!」  部屋の引き戸が少し開けられ、お料理を載せたお盆を傍らに置いた仲居さんが、両手をついてわたしたちに呼びかけた。 「ありがとうございます。――わぁ、すごく豪華! 美味しそう!」  次から次へと運ばれ、座卓の上に並べられていくお料理は種類が多く、どれも豪勢で食欲をそそる。特に、魚介類がすごく新鮮だ。 「さ、食べよう! いただきま~す♪」 「いただきます。……で、どれから箸をつけようかな。迷っちゃいますね」  貢は箸を持って、お料理の数々に視線をさまよわせる。わたしも同じように迷った。  新鮮な鯛の姿造りにお刺身の盛り合わせ、川元さんは「旬じゃない」と言っていた三年トラフグの〝てっさ〟に、明石だこを使った炊き込みご飯、淡路牛の小鍋……などなど。確か二人分のはずだけれど、こんなにたくさん食べ切れるかしら?  ……ともかく、お腹がペコペコだったわたしは、まず鯛の姿造りに箸をつけた。  これが動いていない鯛でよかった。活造りだったらどうしようかと思った。 「…………ん! この鯛美味しい! 身がプリプリ♪」 「三年トラフグも美味しいですよ。実は僕、フグ食べたの初めてで」  お料理はどれもほっぺたが落ちるほど美味しくて、ついつい箸が止まらなくなった。  そして気がついたら、わたしたちは全部平らげてしまっていた。 「はぁ~~、幸せ~~♪ もう入らない……」 「そりゃあそうでしょうよ。……それにしても、すごい食欲でしたね」 「うん……、自分でもそう思う」  そういえば、わたしたちは昨日から美味しいものを食べまくっている。今日一日だけでも相当な量を食べた気がするけれど……。 「――さてと。まだまだ寝るには早いですよね。絢乃さん、どうやって時間潰します?」  お腹もいっぱいになり、ヒマを持て余していたわたしたち。時刻は夜八時前、夜はまだまだ長い。 「売店までお土産でも見に行きますか? 散歩がてら」 「それは明日の朝でもいいじゃない。今日はもう部屋から出たくない……」  わたしは畳の上に寝転がっていた。我が家には和室がないので、畳のヒンヤリとした感じの心地よさを憶えてしまったら、もう動く気力が起きない。 「このホテル、スイーツが味わえるティーラウンジもあるらしいんですけど。もうさすがに入りませんよね……」 「うん」 「でも、この部屋で……ってどうやって過ごすんですか?」 「よくぞ訊いてくれました☆ わたし、ちゃぁんと準備してあるのだ。――じゃじゃーん♪」  わたしがスーツケースから取り出したものに、貢は口をあんぐり開けた。 「じゃじゃーん、ってオセロですか!? どんだけ準備いいんですか絢乃さん!」 「用意周到と言ってくれたまえ、貢くん」  ふふんと笑いながら、わたしは折りたたみ式のオセロ盤を座卓の上に広げた。ちなみにマグネット式で、駒が散らからないようになっているのだ。 「さ、始めるよ。貢は先攻と後攻、どっちがいい?」 「……じゃあ、後攻で」  こうして、わたしVS貢のオセロ対決が始まった。  初めて対戦してみて分かったけれど、彼はオセロが弱い。それも、決してわたしに忖度して劣勢になっているわけではなく、本気で戦ってこのていたらく。 「う~~~~ん、じゃあ……ここか。よし、勝てる!」  終盤になり、彼の白い駒がほんの少しだけ逆転して、貢は勝利を確信したけど。 「あっそ。じゃあこっち。ハイ逆転っと」 「あーーーーっ!? マジか……」  わたしは角を押さえ、駒は見事に真っ黒にひっくり返った。  結果、わたしが三十個以上の大差で圧勝。貢は惨敗に終わった。 「やったー、わたしの勝ちーー!! 貢、スキだらけなんだもん」 「くぅ……っ、負けた……。絢乃さん、もう一回やりましょう、もう一回!」 「いいよ。多分、次もわたしが勝つでしょうけど♪」  こうして、わたしたちのオセロ対決は述べ一時間にも及んだけど、貢は一回もわたしに勝てなかった。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加