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その後、わたしは乾かしてもらった髪をもう一度ヘアクリップで結い上げ、あとは夕食が運ばれてくるのを待つだけとなった。
「――篠沢様、失礼いたします。 お食事をお持ちいたしました!」
部屋の引き戸が少し開けられ、お料理を載せたお盆を傍らに置いた仲居さんが、両手をついてわたしたちに呼びかけた。
「ありがとうございます。――わぁ、すごく豪華! 美味しそう!」
次から次へと運ばれ、座卓の上に並べられていくお料理は種類が多く、どれも豪勢で食欲をそそる。特に、魚介類がすごく新鮮だ。
「さ、食べよう! いただきま~す♪」
「いただきます。……で、どれから箸をつけようかな。迷っちゃいますね」
貢は箸を持って、お料理の数々に視線をさまよわせる。わたしも同じように迷った。
新鮮な鯛の姿造りにお刺身の盛り合わせ、川元さんは「旬じゃない」と言っていた三年トラフグの〝てっさ〟に、明石だこを使った炊き込みご飯、淡路牛の小鍋……などなど。確か二人分のはずだけれど、こんなにたくさん食べ切れるかしら?
……ともかく、お腹がペコペコだったわたしは、まず鯛の姿造りに箸をつけた。
これが動いていない鯛でよかった。活造りだったらどうしようかと思った。
「…………ん! この鯛美味しい! 身がプリプリ♪」
「三年トラフグも美味しいですよ。実は僕、フグ食べたの初めてで」
お料理はどれもほっぺたが落ちるほど美味しくて、ついつい箸が止まらなくなった。
そして気がついたら、わたしたちは全部平らげてしまっていた。
「はぁ~~、幸せ~~♪ もう入らない……」
「そりゃあそうでしょうよ。……それにしても、すごい食欲でしたね」
「うん……、自分でもそう思う」
そういえば、わたしたちは昨日から美味しいものを食べまくっている。今日一日だけでも相当な量を食べた気がするけれど……。
「――さてと。まだまだ寝るには早いですよね。絢乃さん、どうやって時間潰します?」
お腹もいっぱいになり、ヒマを持て余していたわたしたち。時刻は夜八時前、夜はまだまだ長い。
「売店までお土産でも見に行きますか? 散歩がてら」
「それは明日の朝でもいいじゃない。今日はもう部屋から出たくない……」
わたしは畳の上に寝転がっていた。我が家には和室がないので、畳のヒンヤリとした感じの心地よさを憶えてしまったら、もう動く気力が起きない。
「このホテル、スイーツが味わえるティーラウンジもあるらしいんですけど。もうさすがに入りませんよね……」
「うん」
「でも、この部屋で……ってどうやって過ごすんですか?」
「よくぞ訊いてくれました☆ わたし、ちゃぁんと準備してあるのだ。――じゃじゃーん♪」
わたしがスーツケースから取り出したものに、貢は口をあんぐり開けた。
「じゃじゃーん、ってオセロですか!? どんだけ準備いいんですか絢乃さん!」
「用意周到と言ってくれたまえ、貢くん」
ふふんと笑いながら、わたしは折りたたみ式のオセロ盤を座卓の上に広げた。ちなみにマグネット式で、駒が散らからないようになっているのだ。
「さ、始めるよ。貢は先攻と後攻、どっちがいい?」
「……じゃあ、後攻で」
こうして、わたしVS貢のオセロ対決が始まった。
初めて対戦してみて分かったけれど、彼はオセロが弱い。それも、決してわたしに忖度して劣勢になっているわけではなく、本気で戦ってこのていたらく。
「う~~~~ん、じゃあ……ここか。よし、勝てる!」
終盤になり、彼の白い駒がほんの少しだけ逆転して、貢は勝利を確信したけど。
「あっそ。じゃあこっち。ハイ逆転っと」
「あーーーーっ!? マジか……」
わたしは角を押さえ、駒は見事に真っ黒にひっくり返った。
結果、わたしが三十個以上の大差で圧勝。貢は惨敗に終わった。
「やったー、わたしの勝ちーー!! 貢、スキだらけなんだもん」
「くぅ……っ、負けた……。絢乃さん、もう一回やりましょう、もう一回!」
「いいよ。多分、次もわたしが勝つでしょうけど♪」
こうして、わたしたちのオセロ対決は述べ一時間にも及んだけど、貢は一回もわたしに勝てなかった。
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