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淡路島、最後の夜
――ホテルに帰ってきたのは夕方五時少し前。まだ夕食まで時間もあるし、二人とも小腹も空いていたので、昨夜は行けなかったティーラウンジを利用することにした。
「あ~~、生き返る~~♡ やっぱり甘いものっていいよね~♪」
美味しいケーキを味わい、温かいミルクティーを飲んでいると(実はわたし、コーヒーほどではないけど紅茶も好きなのだ)、一日の疲れが取れた。
「ええ、ホントに。特に僕は今日、ほぼ一日運転してましたから。沼島での山登りも正直キツかったです」
「そうだよね。貢、今日一日お疲れさまでした」
微糖好きなのに珍しく甘めのカフェオレを飲んでいた彼を、わたしは頭を下げて労った。
「いえいえ。さすがにこれだけの長時間ドライブは疲れましたけど、楽しかったですよ。やっぱり僕は運転が好きなんだなぁって思いました」
「そっか。それならいいんだけど……」
でもやっぱり、彼一人に運転させるのは酷だ。特に、今日みたいな長時間・長距離の運転となると、交代要員がいた方が絶対いいと思う。
「貢、わたしやっぱり免許取るよ。貴方一人に運転を任せるのはよくないから。あと、わたし用にクルマも一台買う」
「……絢乃さん、それは昨日」
「貢が反対っていうのは聞いた。けど、結局うやむやになってるよね。だったら、わたしもここは折れたくないな。何より、貴方のためだから」
「…………分かりました。そういうことなら、あなたの思うようにして下さい」
「えっ、いいの!?」
意外にもOKが出たようで、わたしは聞き間違いかと思った。
「いいも何も、あなたは譲らないでしょう? だったらこれ以上反対しても仕方ないじゃないですか。……でも、なんか絢乃さんらしいなって思って」
「……ん?」
「免許を取りたい理由、僕のためなんですよね。あなたはこれまでもずっとそうでしたから。ご自身のことは二の次で、いつも僕やお義母さま、グループや社員のために考えて行動してこられた。あなたのそういうところに僕は惚れたんですよ」
「貢……」
彼はわたしのことをそんなふうに見てくれているんだ……。そう思うと何だか感動した。
「うん! じゃあ、頑張って勉強して、なる早で運転免許取るから」
こうして、わたしの中にまた新たな決意が生まれた。
「……そういえば、〝天使の梯子〟の写真、撮りましたっけ?」
「あぁっ! 忘れてた……」
あんなにレアな光景、東京ではめったに見られないのに、わたしとしたことが。自分のうっかり加減に落ち込む。
「あれ、里歩たちに送ってあげたら喜んでくれたよね。もったいないことしたなぁ……」
「まあまあ、そんなに落ち込むことないじゃないですか。写真はともかく、こんな光景が見られたんだってお話しするだけでも、里歩さんたちなら喜んで下さいますよ」
「そっか、そうだよね」
大好きな彼に優しく慰められ、わたしは元気を取り戻した。
「でも、いいなあ。高校を卒業してからも続いていく友情って。絢乃さんはいいお友だちに恵まれましたよね」
「えっ、そうかな? 貢にはいないの? 高校を出てからも連絡を取り合ってるようなお友だちって」
わたしの知る限りでは、彼のもっとも古い交友関係は大学時代の二年先輩だったという小川さんだけだ。でも、それ以前の彼の交友関係をわたしはまだ知らない。
「そういえば……、いないな。大学時代からの友人は何人かいるんですけど、高校時代の友達とは疎遠になってますね。卒業後の進路もバラバラですし、社会に出たらみんな何かと大変で」
少し考えながら、彼は答えてくれた。
中には高校を出てからすぐ働き始めた人もいるだろうし、社会に出れば仕事上の付き合いも増えるだろう。大学で新しく交友関係を広げた人もいるだろうし、大人には大人の、わたしがまだ知らない事情が色々あるのかもしれない。
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