淡路島、最後の夜

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「楽しかったらこそ、かな。そっちがわたしたちの帰るべき場所なんだなぁって思えたの。やっぱりわたし、東京の街が好きなんだと思う」   川元さんにとってこの島が故郷であるように、わたしにとっては生まれ育った東京こそが故郷なのだ。そりゃもう、生まれて十九年も住んでいるところだもの! 『そう。じゃあ明日、気をつけて帰ってらっしゃい。土産話もいっぱい聞かせてね』 「うん。じゃあね、ママ」  そうしてわたしの方から電話を終えた。たった四日しか離れていなかったけれど、母の声が聞けてホッとした自分がいる。わたしにはちゃんと帰る場所があるんだという安心感。 「……ねぇ貢、わたし、自分にとっての〝ふるさと〟がどこなのか分かったよ。わたしにとっての〝ふるさと〟は東京だった」 「そうですか。でも、どうしてそう思ったんですか?」 「東京はわたしと貴方が生まれ育った街で、わたしたちが出会って恋に落ちた場所だから。それに、これから先もずっと貴方と一緒に生きていく場所でもある」 「……はい」  多分それだけじゃなくて、里歩や唯ちゃんと友情を育んでいる場所でもあって、他にも東京にいたから築いて来られた人間関係がいくらでもある。 「だから貢、これからも東京で……あの家で、家族として一緒に生きていこうね。――わたしの家に婿入りしてくれてありがとう」 「いえ。こちらこそ、こんな僕を迎え入れて下さってありがとうございます。これからも家族として、よろしくお願いします」  お互いに家族になれた喜びを再確認したところで、わたしたちは腕を組み、客室へ向ってまた歩き始めたのだった。 「――淡路島、まだまだ回り切れてないところいーーっぱいあるよね。よし、夏の休暇にまた来よう!」 「そうですね。今度は淡路島だけで三泊四日の日程組みましょう」  この島のいいところを余すことなく満喫するには、二泊三日じゃ足りなかった。それくらいの日数がないと、とても制覇できないと思う。  ……まぁ、今回は前半に神戸の観光も入っていたから仕方ないか。    * * * *  ――お部屋に戻って二人とも入浴を済ませ、浴衣に着替えるとお待ちかねの夕食の時間。  海の幸は昨日さんざん満喫したので、今日は淡路牛のすき焼きをメインとしたコースに変更してもらった。そちらにも申し訳程度にお刺身が付いていたけれど。  飲み物として貢はビールの小瓶、わたしは瓶入りのウーロン茶を頼んだ。 「――はい、貢。グラス持って。今日一日お疲れさま」  わたしはさっきの約束どおり、仲居さんが栓を開けてくれた瓶ビールを彼のグラスに()いであげた。  人にお酌してあげるのは、実は初めてではない。昔は父や祖父にしてあげていたこともある。母は手酌で飲むのが好きらしく、わたしも母にはお酌をしてあげたことがない。  トクトクトク……とリズミカルな音を立て、グラスの中で黄金色のビールに白い泡が生まれていく。すごく美味しそうに見えるけれど、残念ながらわたしはまだ未成年のため飲むことができない。 「おっとっと……、はい、それくらいで。ありがとうございます」  彼へのお酌がうまくできたところで、わたしもグラスにウーロン茶を注ぎ、まずは乾杯をした。 「じゃあ、淡路島最後の夜に」 「「カンパ~イ!」」  二人ともグラスの飲み物に口をつけ、チビチビとすする。お酒に強い人なら、グラス一杯分くらいはグビッと飲み干してしまうんだろうけれど、やっぱり彼はお酒に弱いんだなぁと思った。 「……あ~、明日にはもう東京に帰らなきゃいけないなんて、なんか名残惜しいな」  わたしは美味しいお料理を食べながらも、箸を止めてため息をついた。 「あれ? さっきと言ってることだいぶ違ってませんか? さっきは早く東京に帰りたくなったって言ってませんでしたっけ?」  お酒が入り、少し赤い顔でお刺身をつついていた彼が首を傾げる。
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