旅の終わり

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   * * * *  あの後、品川駅に着く少し前まで貢は爆睡していた。わたしも(きょう)()駅を出たあたりから少しウトウトとしばらく舟を()いでいたけれど、新横浜のあたりで目を覚まして貢を起こした。 「貢、次品川だよー。もう降りるから起きてー」 「…………んー? ああ、ハイ。すみません、だいぶ寝てましたね」  目覚めて開口一番、わたしに謝った彼に、わたしは笑いながら答える。 「ううん、別にいいよ。おかげで貴方の幸せそうな寝顔、ずっと眺めていられたしね。実はわたしもあの後寝ちゃってたから」  わたしも今朝早くに目を覚ましていたので、襲ってくる睡魔には勝てなかったのだ。というか、やっぱり旅行というのは終わりの方にどっと疲れがくるものなのかもしれない。 「そうなんですね、よかった。僕一人だけ、絢乃さんを放ったらかして爆睡してたら何だか申し訳なくて。せっかくの新婚旅行だったのに」 「それはいいの。さ、降りる用意しないと!」  わたしたち二人は順番にお手洗いを済ませ、いつ駅に到着しても大丈夫なようにしておく。今日は平日だったせいもあるのか、お手洗いはわりと空いていた。  車両に乗り込んでからは荷物にまったく手をつけていなかったので、すぐにでも降りられる。やることといったら、わたしが飲んでいたカフェラテのボトルを手荷物のバッグへ放り込むくらい。  数分後、わたしたちが乗った〈のぞみ〉は品川駅に到着。荷物を抱えてホームに降り立ったわたしたちは、大きく伸びをした。 「――はぁー……、やぁっと帰ってきたって感じ」 「ホントですねぇ」  東京に帰ってきた。四日ぶりに。たったの四日間離れていただけだったけれど、戻ってくるとやっぱりここが自分のホームグラウンドなんだという何ともいえない安心感がある。  改札を抜けると、時刻は夕方の五時過ぎ。まだ日は落ちていないけれど、少しだけ夕焼けが見え始めている。 「――タクシー乗り場、混んでるね。まだ時間かかりそう」 「ええ、そうですね。お義母さまに連絡しておいた方がいいんじゃないですか?」 「そうだね……」  というわけで、「少し帰りが遅くなる」と母にメッセージを送信することにしたのだけれど。わたしはその場に立ったままスマホを操作し始めたので、迫りくる危険を察知できなかった。 「――絢乃さん、危ないっ!」  女性の声でそう聞こえ、後ろを振り向くと銀色に光る何かが間近に迫っていた。その次の瞬間、貢が振り上げた右足が男の背中にヒットし、つんのめった拍子に彼の構えていたナイフが転げ落ちた。――どうやら、貢のローキックが見事に決まったらしい。 「……っ! チクショー!!」 「貴方は……」  その男にわたしは見覚えがあった、というかありすぎた。去年の秋、貢を誹謗中傷してさんざん傷付けた、元俳優の小坂リョウジさんだ。あの後仕事も財産もすべてを失った彼は、わたしを恨んでいたらしい。  ……って、冷静に分析している場合じゃなかった! 彼は落ちたナイフをまた拾い上げ、構え直していたのだ。  ――と、わたしと小坂さんとの間に一人の若い女性が立ちはだかる。明るい茶色のポニーテールに、有段者と思しき空手の構え。もしかして彼女は……。 「あたしが相手になってあげる。言っとくけど、この人を傷付けたらあたしが許さないから」  彼女は小坂さんが振り上げたナイフを裏拳で弾き飛ばし、顔面に後ろ回し蹴りをお見舞いした。 「ウッチー、確保!」  彼女に呼ばれた大柄な男性が、小坂さんのお腹を一発殴って沈めた後、彼の両腕を後ろで締め上げた。 「小坂リョウジ、殺人未遂で現行犯逮捕(ゲンタイ)な。元武闘派の刑事(デカ)、なめんなよ」  貢と二人で見事な連係プレーに拍手を送った後、わたしはこのお二人に頭を下げた。 「真弥(まや)さん、(うち)()さん! お久しぶりです。助けて下さってありがとうございました」 「間に合ってよかった。お久しぶりです、絢乃さん、桐島さん」  そう言って微笑んでくれたのは、小坂さんの件でお世話になった調査事務所〈U&Hリサーチ〉の()(づき)真弥さんと、所長の内田圭介(けいすけ)さんだった。
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