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北品川警察署での事情聴取は思いのほか時間がかかってしまい、夜の七時半に終わった。わたしたち夫婦と小坂リョウジさんとの関係を、何も事情を知らなかった刑事の杉原さんが根掘り葉掘り訊いてきたからだ。
彼の元先輩刑事だった内田さんが間に入ってフォローして下さらなかったら、夜遅くまでかかっていたかもしれない。
「――やっぱ、デリバリー頼んどいて正解でしたね」
警察署を後にするわたしたちを、内田さんと真弥さんが見送りに出てきてくれた。このお二人はこの後もしばらくここに残るらしい。
ちなみに、警察署までは内田さんと真弥さんの乗ってきたクルマ――貢の愛車によく似たシルバーのセダンだった――に乗せてもらってきた。
聴取の途中、内田さんが休憩を入れようと提案して下さって、わたしたちはその時にやっと夕食にありつけた。警察署の近くにある美味しいカレー屋さんから真弥さんがデリバリーを頼んだ欧風カレーで、思いっきり空きっ腹だった人にとっては最高のごちそうだった。
「ありがとう、真弥さん。カレー美味しかったわ。ごちそうさま」
「ごちそうさまでした。あなたの機転がなければ、僕たち今夜は夕食抜きになるところでした」
「いえいえ、喜んで頂けてよかった」
……いやいや、家に帰ればわたしたちの分の食事は置いといてくれているはずだけど。まぁ確かに、もはや夕食じゃなくて夜食になっていた可能性はあるかもしれない。
「ホントだよな。あのバカ、この二人は被害者だっつうのに被疑者みてぇな扱いしやがって」
内田さんが、元後輩のことを苦々しく吐き捨てた。彼が警察を辞めた理由は、誰に対してもやれ規則だルールだと雁字搦めになっていたことに嫌気がさしたからというのもあるのかも。事件の被害者なのに、肩身の狭い思いをしないといけないあの聴取のしかたはちょっと頂けないかなとわたしも思う。
「まぁ、あんなことがあっての今日の事件ですから仕方ないのかもしれないですよ。でも、内田さんが何度もフォローを入れて下さって助かりました」
「そりゃあ、オレはあの時頼ってもらった縁があったから。でもさぁ、『あんたには小坂に恨まれても仕方なかったんじゃないのか』って、あんな言い草ねぇよな。ヘタすりゃ殺されてたかもしれねぇっつうのに」
「警察っていうのは、何か起きてからじゃないと動かないからね」
まだご立腹の内田さんに同調するように、真弥さんも皮肉をこめてそう言い、肩をすくめる。
「――で、お二人はこれから家に帰るんだろ? 悪いなぁ、送っていけなくて」
「いえ、そこまで甘えるわけには……。さっき、スマホのアプリでタクシーを手配しましたから。ね、貢」
「ええ。今日は絢乃さんを助けて頂きましたから、それだけで十分です」
「そうか。じゃあ、気をつけて帰りなよ。今日はご苦労さんでした」
「絢乃さん、またね! また連絡してもいいですか?」
「うん、いつでも連絡してね。今日はホントにありがとう!」
警察署の建物の中へ戻っていく二人に手を振りながら見送っていると、正面玄関前に一台のタクシーが停車した。
「――ご予約頂きました篠沢様ですか?」
「あ、はい。お願いします。あの、スーツケースが二つあるんですけど」
「かしこまりました。では、後ろのトランクを開けますので、そちらへお積みしましょうね」
というわけで力持ちの男性ドライバーさんが二人分のスーツケースをトランクに積み込んでくれたので、わたしたちは各々バッグとお土産の入った紙袋だけを持って座席に乗り込んだ。
「――行き先はどちらまで?」
「自由が丘までお願いします」
こうして、結婚式の前日以来五日ぶりに帰る篠沢邸へ向け、タクシーは走り出した。
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