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乙姫ちゃん
「と、まあそんなわけで諏訪に行くんだ。」
「へーー、面白そう。私も行ってもいい?」
「お、来る?一緒に行っちゃう?」
ここは海の中。竜宮城。
タイやヒラメやカメやジュゴンが舞い踊る。
伊瀬は海に近いので時々こっそり遊びに行って乙姫と女子トークをする。
「諏訪なら湖があるからあ。」
「ああ、乙姫ちゃんは水が無いとねぇ。」
「そーなの。お肌が大変っっ。」
うんうん、頷く女子ふたり。
「聞いたところによると温泉もあるようだぞ。」
「それ、いいよねぇ♪わたしも温泉だいすきぃ。」
きゃっきゃうふふとはしゃいでいるところにトヨがテルを探しにくる。
「もぉ、またこちらにお邪魔してたんですね。姿が見えないと思ったら。ちゃんと出かけるときは声かけてくださいって言ってるのに。」
「声かけたぞー。」
「うそばっかり。私がいない時を見計らってるのは知ってますよ。」
「ふん。言えば何だかんだ用事を言いつけられるからな。カワラケ作れとか。」
「テルさまがちゃんと用事を済ませないからじゃないですか。全く。」
「まあまあ、トヨさんも。ちょっと休んでいけばあ?いつもテルちゃんのお守りで疲れてるでしょ?」
「そんな暇ないんですよ。帰りますよ、テルさまっ。」
「え、乙姫ちゃんとまだ話があるのに。一緒に諏訪に行くんだから。」
「乙姫様まで巻き込んで。乙姫様にご迷惑ですよ。」
「あたしは別にぃ。たまには海じゃないところにいる魚たちにも会うのもいいかなって♪」
うふふと笑う乙姫は、髪が色とりどりの海藻のように美しく海の水になびいて、豊かな体を取り巻いている。前に人間の男が来て一目で虜になったのも無理はない。
「引きこもりの諏訪の神も、乙姫ちゃんが行ったら出てくるかもしれないしなー。」
「まあ、そんなあ。テルちゃんったらぁ、やだぁ。」
くねくねっと動く姿も悩ましい。が、背中を思いっきりびしゃッと叩かれたテルが、つんのめっている。
「出ないって誓いを立ててるんですよ、諏訪の神さま。そんなうまくいきますかねぇ。それに気難しいって聞いてますけどテルさま、ちゃんと話を通してます?」
「話を通すって、何をどこに通すんだ。」
「だーかーらー、ご都合をうかがうとかあるじゃないですか。諏訪の神様だって暇じゃないんですよ?」
「いや、だって引きこもっているんだから暇だろ?」
「もぉ・・・。テルさまだってイキナリ寝てるところにバタバタガタガタされたらいやでしょ?それも、いままであったこともない連中に。」
「あー、なに?テルちゃん、諏訪ちゃんと友達ってわけじゃないのぉ?不法侵入で追い出されちゃうよぉ?」
「諏訪の神は、結界を張って外に出られない仕様だと聞いてますし。」
トヨもここぞとばかりに言う。
「へーー、じゃあ外からは中には入れるんじゃないか。なら構わないだろ?」
「それ、とんでもない理屈ですよ。」
「トヨはうるさいなあ。手土産でも持って行けばいいんだろ?海から遠いと聞いてるから塩でも持って行くか。」
はっはっはと笑うテル。それをみてため息をつくトヨ。面白そうに眺める乙姫。
「で、諏訪の神ってなんか悪いことをしたのか?閉じ込められてるんだろ?」
「出雲の神の子どもだと聞いてますが、なんでも力比べで負けて逃げて諏訪に閉じ込められたそうですよ。」
「ふーーん、なんだ。弱っちいやつなのか?じゃあ大したことないんじゃないか。結界も大したことないんだろ。」
「それが、相当厳重だということですよ。」
「まあ。弱いんだったら厳重にしなくてもいいですよねぇ。」
うふふっと笑う乙姫。
「じゃあ、強いのか?」
「さあ・・・。なにしろ出雲の神在月にもおいでになったことがなくて。誰も見たことがないんですよね。」
「ほほーー、それは面白いな。ますます会いに行きたくなってきた。塩と何もって行ったらいいかな。乙姫ちゃん、海のモノなんか見繕って。」
「ええー、わたしが手土産係なのぉ?」
「いいじゃないか。あ、それとも行くの止めちゃう?」
「あっ、行くからあ。テルちゃんといると面白いもん。」
「まず、先方にご都合を・・・。」
「うるさいなあ。引きこもってるんだから暇に決まってるって。行くぞ、行くぞー。来たくなかったら、トヨは留守番してていいからな。」
「あっ・・・もぉ。テルさまが失礼なことをやらかさないように私がついていかないとダメに決まってるじゃないですか。」
トヨも意外ときついことを言う。
「トヨも来るのかー。仕方ないなあ。じゃ、先方に連絡しといてくれるんだよね。」
「あっ面倒だからって私に押し付けてっっ。」
「いやならいいんだ。勝手に行くから。」
「わっ、わかりましたっっ。とにかくご都合をうかがってからですよっっ。」
「はいはい。」
「『はい』は一回でっっ。」
「はいはいはいはい。」
「一回っていうの、わかってます?」
大きくため息をつくトヨ。
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