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温泉で
ぷっかり浮かんだ腹が、まるで月みたいだと風呂に入るテルは我ながら笑ってしまう。立ってはいる温泉なのだが、テルは小柄なので足がつかないので、ぷかぷか浮いてる。
乙姫と諏訪の神は同じ水系の神とは言え、正反対な体つきで乙姫はぽっちゃり豊満なのに、諏訪の神はというと女子とはいえ精悍というのがふさわしい体つきだった。肌の色もこんがりとよく焼けた色をしている。しかしさすがに温泉では仮面を外すかと思ったのだが、つけたままだった。
「なあ、それつけてて邪魔じゃないのか?」
「邪魔?ああ、これのことか。このあたりは光が強いのでなあ。」
うっすら光が透けて通る仮面だが、温泉ではさすがに要らないだろう。
「それに、これはいにしえの神より賜ったものでな。ここの森を守るものはつける習わしということなのだ。」
「ほほぉ、いにしえの神となあ。」
「ああ、この星屑石とともにこの地で暮らしていた者たちの神だ。そのころは、うんと暖かかったそうだ。諏訪の海が凍ることもなかったということだ。」
諏訪は湖だが、このあたりでは「海」と呼ぶのだと諏訪の神から聞いている。
「いまは凍るのか。」
「うむ、凍る。」
「凍ったところも見てみたいものだな。」
「一番寒いころに来るといいぞ。」
「寒いのは苦手だが、温泉があるからこようかなあ。」
「冬は大したもてなしはできないがなあ。」
「鹿、食べてるんじゃないのか。首切って並べるって聞いてるぞ。」
「鹿・・・ああ、御頭祭のことか。あれはミシャクジの祭りだ。」
「ミシャクジってなんだ?初めて聞く。」
「美しい鹿を供げる神事だ。美鹿供事(みしゃくじ)と書く。美しいというのは大きいという意味だがな。」
「すごくたくさんの鹿と聞いてるが。」
「70頭は捧げるなあ。」
「なぜそんなに?1頭じゃダメなのか。」
「私は森と水の神だ。」
「それは知っている。」
「森というのはな、手入れをせねば荒れてしまう。鹿はすぐ増える。そして冬には森の木の皮や木の芽を食ってしまうのだ。そうすると、森の木がダメになって枯れてしまう。森の木が少なくなれば、結局鹿たちも飢えてしまう。水も枯れる。」
「だからか。」
「年を取った鹿、ケガをした鹿、弱った鹿、そういう鹿を選んで捧げるのだ。森のため、そして鹿のためでもある。森で生きる生き物たちが増えすぎずにいることが良いことなのだ。」
「ふーん、すごいな。じゃあ、7年に一回、大きな木を切っていくのもそうなのか。」
「そうだ。大きくなった木を切ることで、森に風が通り光も入る。それで森が新しい枝を伸ばしたり、小さな芽が育ったりできるようになる。」
「なるほどなあ。森の神とはいろんなことを考えて森をまもっているのだなあ。」
ふふっと仮面の下で、ちょっと照れたように笑ったようにみえた。
「そーよぉ、諏訪ちゃんみたいな森の神のおかげで、私たち海のモノも生きてるって言ってもいいくらいなんだからあ。」
「えー、それはなんでだ?森と海は関係ないだろ。」
「もー、テルちゃんったらモノを知らなすぎー。森や山がちゃんとしてないと、海もダメになっちゃうんだからあ。」
「そーなのか。」
「そーなのっ。だから時々わたしもお礼代わりに、いろいろここに持ってくるのよぉ。テングサとかさあ。」
「テングサ、すきだなあ。乙姫は。」
「ここでテングサ固めてもらうと、おいしい寒天になるんだもん。」
「寒天って、なんだ。さっき食べたやつか。」
「あー、まあそうかなー。海藻のままだととっておけないんだけど、ここに持ってくるとうんと寒いから凍って固まるの。」
「ふーーん、そうなんだ。ぶくぶく・・・」
立ってはいる湯なのだが、食べすぎた腹の浮力で浮いていたのが段々と沈んできた。
「やだー、テルちゃん。お風呂入りすぎなんじゃない?顔が真っ赤だよぉ。」
「うーん、そうかな。ちょっとくらくらするかもー。」
「トヨさんー、トヨさんーーー。テルちゃんがぁ。」
遠くで乙姫の声がなんかいってる。
乙姫の声が、遠くで聞こえてる。ぶくぶくぶく・・・・
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