テルとトヨ

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テルとトヨ

「テルさまー、ごはんですよぉ。起きてくださいーーー」 扉の向こうからトヨの声が聞こえる。 ここは伊瀬。 海に近い森の中のお社。 海に近いといっても、すぐ見えるというわけでもなく森の中を流れる川のせせらぎとウグイスの声が聞こえるのどかなところ。 トヨはトヨウケの神という食べ物の神。「トヨ」「トヨさん」と呼ばれることが多い。テルもアマテラスというのが正しいのだが、こちらも日の照るという意味なので「テルさま」といわれている。 「もー、起きないならご飯下げちゃいますからねっっ。」 「うーー・・・、わかった。起きる、起きます、起きてますっっ。」 無理やり目を開けて起きて戸を開けると、御膳を持ったトヨが不機嫌そうな顔をしている。 「おはよー」 「おはようございますっ。もぉ片付かないからさっさと食べてくださいよっ。」 「あー、わかったからあ。まず顔洗ってから・・・」 「まだ顔洗ってないんですか。さっさとしてくださいよっっ。」 「はいはいはーい。」 ヤレヤレといったあきれ顔をしているのは見なくても分かるので、まず顔を洗って口をゆすいで、置いてある布で水をぬぐってからお膳の前に戻る。 「たまには変わったものが食べたいなあ。」 ぼそぼそと小さい声で呟くと、トヨが耳ざとく聞きつけた。 「全く、文句ばっかり。」 「だってさあ、毎日ご飯なのはいいけど、あとは魚とスルメと昆布だよ?」 干したイワシを頭からぼりぼりかじりながら、ご飯を食べるテル。 「それに魚って美味しくない。」 「好き嫌い言わないでください。大きくなれませんよ。」 スラっと上背のあるトヨに比べて、テルは小柄だ。 「なんかさあ、たまには変わったものが食べたいよねぇ。そうすれば、食欲も出てもうちょっと大きくなれる気もするしさあ。」 「テルさま、そういうワガママばっかり。」 ため息をつくトヨ。 「そうだ。出雲でもいくかあ。」 「まだ神無月じゃありません。」 「うるさいなあ。じゃあ、諏訪。」 「なんで諏訪にいくんです?」 「出雲より近いし、あそこは海から離れてる。変わったものが食べれそうだ。」 「諏訪の神は、鹿の頭を70ほど切って並べるそうですよ。荒ぶる神で有名な方だから。」 「うわあ、それはワイルドだな。それ、食べるのか?」 「それは、知りませんけど。もぉそれはそれは血なまぐさいそうですよ。」 トヨがテルを思いっきり怖がらせようと、諏訪の神は血の滴る鹿の頭をつかんで振り回すんだとか、そこら中が血の海なんだとか、あれこれ言ってもテルは全く聞いてない。 「テルさまも下手にいくと、ちょん切られちゃいますよ。それに御柱という巨大な柱を立てて結界を作っていますからね。あんまり人付き合いっていうか、神様づきあいしてませんし。」 「そういえば出雲にもこないよなあ。」 「なんでも諏訪から出ないという誓いを立てているからって聞いてますけど。」 「ふーーん、そうかあ。それは退屈だろうなあ。よし、決めた。諏訪に行こう。」 「え、ちょっと待ってください。なんでそういう話に・・・。」 「わたしは誓いを立てちゃいないからな。行こうと思えばどこにでも行けるはずだろ?引きこもりの諏訪の神のお見舞いに行こうって言うんだ。なんか文句ある?」 「いろいろありますよ、文句は。あっ、ちょっと。テルさまっっ、まだカワラケつくりのお仕事があるんですよっっ。」 「もー、毎日毎日カワラケ作るのも飽きたんだよぉ。土をこねてさー、丸くしてさー、平べったくしてさー。私の創造力の入るかけらもない。ただの丸い皿ばっかりだしさー。」 「テルさまの創造力を発揮してもらうと、皿じゃなくなりそうですから。」 「つまんないーーー、つまんないよぉぉぉ。」 だだをこねる姿はスサノオみたいだなと、トヨはため息をついた。 「もー、そんなに駄々こねるなら今度は私がおこもりしちゃいますよ。」 「その時は、わたしが踊ってやるから楽しみにしてろ。」 「遠慮しておきます。どうせ、どんちゃん騒ぐだけ騒いで飲んだり食べたりしたいだけでしょ。」 「ちぇ、バレてるのか。」 「いいから、カワラケ作っておいてくださいよ。」 「はいはいはいはいはい。」 「ハイは一回!!」 「はぁぁぁぁぁぁぁいっっ。」 相手しているとキリがないと、トヨは食べ終わった器を下げて行ってしまった。
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