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狭い。
苦しい。
歩くたびに手足や頭を壁にぶつける。
もう眼はほとんど見えていない。
鼻ばかりが効いて息苦しい。
歩みを止めるとどこかで。
何かの。
音がしている。
出口のない迷宮。
時折見つける“食糧”。
行き止まりの袋小路で床に転がるそれらは、私の手足に酷似していて。
半分生きたそれを食っては、彷徨い続ける。
観測者に見られている。
これは実験なのだろう。
出口がないのは分かっている。
それでも私の生存本能は、歩みを止めてくれない。
時折、発作のように狭い通路で手足をばたつかせる。
身体が変な方向に捩れる。
狭い通路の中で身体が挟まって動けなくなる。
それでもさらに暴れ続け、やがて奇跡的に頭が上に、足が下に戻ることがある。
そうしてまた、通路を進まされる。
身体を酷く震わせながら角を曲がり。
私はあなたと、また会ってしまった。
迷宮に放たれた私は、あなたと会うのは指おり数回目だった。
最初は、ただ、すれ違った。
お互い面倒なことに巻き込まれたものだと。
早く出口を見つけてそれぞれの住処に帰りたいよなと。
そんなことを考えていた。
次第に出口が見つからないことに焦り、空腹に苛まれるようになると、食料を奪い合った。
食料にありついているところを背後から襲い、横取りした。
返り討ちにあったことも。
横取りし返されたこともあった。
次第に周囲を警戒し、聞き耳をたてながら食うようになった。
微かな物音にも警戒し、匂いがすれば逃げた。
あなたの匂いはとても強く香った。
しばらくして気づいた。
あなたは食料を見つけた時、わざと残していることに。
あなたの唾液の染みついた食料を、無心になって腹に詰め込みながら。
なぜそうするのか分からない。
でも、この迷宮にあなたと私しかいないのだと気づいてからは、私も全て食べず、半分残していくことにした。
あなたの歩く音がすると、その音をずっと聞いていた。
ある時、私が空腹で動けなくなったところへ、あなたがやって来たことがあった。
あなたは食いかけの食料を私の前に置いた。
私はそれを食らい、あなたはそばでそれを見ていた。
やがてあなたは私の身体に寄り添い、ボロボロの翼で私を覆うようにして眠った。
目が覚めるとあなたはいなくなっていた。
それから私は、あなたを避けるようになった。
あなたの匂いに空腹を感じるようになったからだ。
時々、あなたの匂いが強くなることがあると、私はそこで無理やりに向きを変え、逆方向へと逃げた。
本能に逆らって来た道を引き返してきた。
あなたを食うのだけは嫌で、逃げ続けた。
出会うたびに向きを変えて。
空腹を、自分の爪を噛んで耐え忍んで。
いつ。
いつ私は、あなたを食うだろうか。
乾いた腕と足。
翼はとうに自分で食った。
いつかこの迷宮から解放されるとしても、もう空を飛ぶことは叶わない。
透き通る青緑色に輝いていた翼は、食った時には折れて光沢を失い、なんの味もしなかった。
逃げて。
逃げ続けて。
ふと思いついた。
あなたに食われる方が、幸せだろうか。
歩く力も失い。
通路に立ち止まり。
この眼に映るはずのない大空を見上げ。
そんなことを考えていたら。
匂いにも音にも気づけなかった。
あなたに、また会えた。
そう気づいた時には。
あなたの匂いに包まれて。
喉元に、牙が突き刺さっていた。
終
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