鉄壁Ωの葛藤

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 部屋の鍵を開ける音、締める音。背中が柔らかなソファの背もたれに包まれた。ここにはもう清埜しかいない。慶はやっと大きく息を吐き出した。  全身が熱くてどうしようもなくもどかしい。  部屋がノックされ、対応に出た清埜が薬のアンプルを持って戻った。 「俺が打ちますか? それとも……」  奪うようにアンプルを手にして、迷わず腕に針を突き立てた。緊急用の抑制剤を一気に体内へと注射する。 「清埜は?」 「俺は……」  めずらしく清埜が口ごもった。慶からフェロモンが出ているといったくせに、清埜はいつも通り平然とした無表情だ。それでも、発情しかけたオメガの側にいるなら、緊急用の薬が必要なのはむしろ清埜のほうだろう。 「俺はすでに飲んでいるので」 「え?」 「慶さんのもとで働くようになって、毎日ヒートの抑制剤を服用しています」 「はぁ!? そんなの……アルファの抑制剤は常用するものじゃないだろう!?」  発情したオメガがいなければ必要のないものだ。逆にいうとそれだけ強い成分が配合されているため、副作用も強い。ずっと無表情でいた清埜は、副作用の辛さを常に耐えていた姿だったのだ。 「万が一を防ぐために。俺は慶さんの信頼だけは無くしたくないので」 「……!」  そこまでして、どうして。 「慶さんを傷つけたりはしません。絶対」  もしものときは、そのナイフを使ってもいいと清埜がいったのは冗談でもなんでもなかったのだ。むしろ、あの日だって必要のない薬を飲んでいた。  胸が苦しい。注射タイプの抑制剤は即効性も高く、もう効いてくるはずなのに慶の熱は治まる気配もない。耐えきれず両腕をキツく握り込んだ。 「清埜……薬が効いてない。おまえは部屋から出てくれ」  もう慶の力ではどうにもできない。清埜を裏切らせたくはない。だけど、治めるためという理由で清埜にセックスをねだるのだけは嫌だった。 「ダメですよ。発情が完全に起きてしまえば慶さんひとりではもう……病院の設備があればまだしも、ここでは」 「これは、突発的なものだ。なんとかなるかも知れない」 「ならなかったら? フェロモンは部屋の外まで流出する。今このホテルにいるアルファが全員影響を受けます」 「だったら、どうしろっていうんだ!? こんな状態初めてなんだよ! セックスしたくて堪らないなんて……!」  自分の意思じゃないのに――。 「だから出てってくれ! 一人でやる。出せば多少は治まるだろ?」  なんで、こんなことを大声で宣言しているのだろう。自慰をするから出て行けなんて。  清埜が苦しそうな顔をしている。ソファで身体を丸めた慶の側に膝をついた清埜が、ゆっくりと口を開いた。 「俺は保険です。だから、今すぐ俺を縛り付けて動けなくしてください」 「清埜……?」 「そしたら、慶さんの好きなようにしてもらって構いません」  真剣な清埜がそこで言葉を切った。そして、小さく唇を舐めてから、またゆっくりと区切るようにしゃべった。 「慶さんが一人でしても、俺を使っても構いません。慶さんがセックスにおいてトップだという噂を耳にしました。だったら……俺を」  俺を抱いて治まるならそれでもいい。  耳を疑った。男性のアルファが抱かれてもいいなんて――。女性のアルファならまだ妊娠できる。だけど、男性のアルファは妊娠能力なんてなくて、それはただ欲を発散させるだけのものにしかならない。 「早くしてください」  ごくりと唾を飲み込んだ。清埜を抱いてもいい。その言葉にぞくりとした。慶はもう清埜の人となりを知っている。その誠実な人柄も――。  清埜がもしアルファじゃなかったなら、抱きたいと思ったに違いなかった。むしろパートナーとして口説いてみる努力だってしたかも知れない。  けど、清埜はアルファなのに抱かれていいという。  ごくり。慶はまた唾を飲んだ。頭がぼんやりとしている。 「ベッドに……」  頷いた清埜がベッドに腰をかけた。ジャケットを脱ぎ捨て、さっさと解いたベルトを慶に差し出す。清埜のベルトを持ち主の腕に巻き付け、ベッドボードの装飾に固定した。精悍な男が拘束されている姿にゾクッとする。  荒く吐き出される息が熱かった。早くシたい。熱をむちゃくちゃに吐き出して、楽になりたい。  清埜のネクタイを解き、それを目隠しにした。この期に及んで見られたくないなんて滑稽だと思いながらも、どうしても無理だったのだ。 「慶さん、そんな顔しないでください。俺にしたら役得なんですから」  そう笑いながら隠された清埜の顔は無表情なんかじゃなくて、腹の底がぎゅっと苦しくなる。 「……僕が、悪い……けど」  抱きたい。そうつぶやいて、目隠しの清埜にキスをした。熱がどんどん下腹部に堪っていく。  キスをして清埜の服を剥いでいく。腕を拘束したせいでシャツは脱げなくて、スラックスを一気に引き抜いた。ぴたりとした黒いボクサーパンツを引き下げると、そこにはすでに芯を硬くした清埜が現れる。  全身が痺れたように指先がうまく動かない。下肢の熱が爆発しそうになっている。腹の奥がじくじくと疼いた。 「ちがう……」  欲しいのはそこじゃない。慶はその疼きを誤魔化すように尻に力を入れた。  身動きのできない清埜にキスを繰り返し、恋人にするように全身を撫でていく。固く筋肉の張った足を拡げ、その奥に顔を埋めた。清埜がびくりと跳ねる。張り詰めて光る清埜の竿に舌を這わせ、その奥を柔らかく揉みしだく。その中は当たり前だが濡れることはない。  清埜をしゃぶってこぼれた唾液をすくってはその奥に塗り込める。そのたびに清埜が小さく震えた。  熱い、熱い――。慶は堪らなくなってジャケットを脱ぎ捨てる。複雑に編んだネクタイが解けなくて、シャツはそのままでスラックスを脱ぎ捨てた。清埜の股のあいだにうずくまって、清埜を愛撫する。四つん這いになった股下に無意識の手を伸ばした。  生殖用途のない清埜の中を押し拡げながら、同時に固く欲を湛えた慶自身の男を慰める。扱いた先からはぬるぬると淫液が溢れているというのに、ちっとも達せる気がしない。  ここじゃない、もっと奥の……。指先が自然に陰嚢の奥へと伸びる。一度も開いたことのない窄みにたどり着き、その入り口を撫でた。 「ア……ッ……」  痺れが一気に全身を駆け巡る。どろりとした生温かい液体が内腿を伝った。それがなんなのかに気づき、一気に血の気が引く。慶の身体が欲しがっているのは――。 「違う! 僕は……!」  清埜の足をさらに拡げ、そのあいだに身体を押し込んだ。清埜が緊張に身を固くする。 「ごめ……清埜……」  自分勝手な欲望を、清埜にねじ込んだ。清埜が小さく呻く。いつものセックスと同じように、初めは緩やかに腰を動かした。 「なんで……」  いつもなら、その熱は慶の中心へと集まり、相手の身体の奥へ放とうと暴れ始めるというのに。  腹の奥深くがぎゅっと締め付けられた。また腿に液体が流れていく。慶の身体は、男性としての欲を求めてはいないのだ。今の慶は、ただのオメガになっている。 「嫌だ……」  どうして気持ちよくなれないんだろう。慶の頬を涙が伝った。  気持ちよくなる方法はもうわかっている。だけど、それは慶の意思じゃないはずだ。  熱がどんどん膨らんで、慶の体内を暴れ回る。清埜を組み敷いたまま動けなくなった。慶の中が意志を持ったようにドクドクと疼き始める。  清埜が欲しい――。  これは慶の意思か、それともオメガの本能なのか? 「清埜……無理だ……僕は……」  清埜と身体を繋げたままで、片手を後ろに伸ばした。絶え間なく溢れ出す蜜を押しのけ、その中に指を押し込んだ。 「ンッ……ァア……」  キモチイイ……けど足りない。もっと、かき混ぜて、その奥深くに……。  潤んだ目を縋るように清埜に向けた。目隠しの奥がどんな顔をしているのか見ることができない。ただ、噛みしめられた清埜の唇から血が流れていた。  清埜の男が血管が浮き出るほどに張り詰めて揺れている。  ヒートを起こしているのだ。それなのに、暴れることもなく、呻き声一つあげず、清埜は耐えていた。  慶を傷つけない。その誓いのために。  清埜を隠していたネクタイを引き剥がす。そこには、抑え込んで濁った獣のような目があった。ぞくりと慶の奥が期待に疼いた。  清埜がぎゅっと目を閉じた。 「俺のことは、気にしないで……好きに……」  清埜が途切れ途切れにつぶやいた。アルファの本能に必死で抗ってくれている。 「なぁ清埜……おまえが欲しいんだ……けど、これが僕がオメガだからそう思うだけなのかわからない……」  涙が止まらなかった。こんなことなら薬なんか打たずに本能のまま事が済んでしまったほうが良かったんじゃないか。こんなに悩むこともなく、ただ正気に戻ったときに後悔に落ち込むだけで……。 「それじゃ……慶さんが決めてください」 「僕が……?」 「どっちがいいですか?」  本能だと思うのか、自分の意思だと思うのか――。 「僕は……自分の意思だと思いたい」  清埜を求めているのは自分だと確信できれば、それだけで思うがままに欲しがれる。だけど、決めたところでそんなもの……。 「だったら、慶さんが俺を求めてるんです。はは……すげぇうれしい」  清埜がくしゃりと顔を歪めて笑った。その顔を見た瞬間、どうでも良くなってしまった。ただ、清埜が欲しい。それは嘘じゃない。 「ん……」  清埜との繋がりを解き、そのまま清埜の上にのしかかる。そう、本当に繋がりたかったのはこっちだ。  ごくりと唾を飲んだ。それは期待だ。その初めての場所に清埜を受け入れることへの確かな期待。 「ちょうだい……」  頭の中が清埜でいっぱいになっていく。凶悪なまでに張り詰めた清埜を後ろ手に探り、いやらしく蠢く自分自身へと誘う。蜜を吐き出すその窄みにあてがい、ゆっくりと腰を落とした。 「ぁ……ぁ……」  ぐぷんと清埜の先が吸い込まれる。待ち望んだものが慶のもとにやってきたのだ。ぺろりと唇を舐め、自然と慶は微笑んでいた。清埜を身体の中に一気に沈める。 「ひ……ぁ……ア、ア……」  体内が清埜ではち切れそうだった。さっきまで清埜の中に埋め込まれていた慶が、堪りきっていた欲を勢いよく吐き出す。  清埜が呻き、もがいた。縛られたままでその腰を大きくグラインドさせる。清埜の上で慶が跳ねた。 「ゃ……ァアッ、すが、のっ……!」  奥を何度も突き上げられ、そのたびに絶頂に叫ぶ。こんな自分は知らない。 「ヒッ……イ……アアアッ」  止まらない。怖いのに、それなのにもっと欲しくて、揺れながら慶自身もその腰を擦り付けた。 「慶、さん……っ!」  清埜がさらに激しく腰を揺らす。 「ア、ア、ア……だめぇ……ェ……」  こんなの、もう狂ってしまう。狂わせて欲しい。 「すがの……もっと、おく……ほしぃ……ぼくの……」  清埜を抱き締め、さらに深く座り込んだ。拡げられた肉壁のさらに奥へ清埜が突き刺さる。そのたびに繋ぎ目から蜜が溢れ出した。ぐじゅぐじゅと濡れた音が響く。 「慶……さ……」  鈍い音と、清埜が低く唸った。ベッドボードの装飾が折れてぶら下がっている。腹筋で身体を起こした清埜の、二本まとめられた腕が慶の肩を押した。  背中にシーツの冷たさを感じた瞬間、息が止まった。 「……ッ……ヒィ……」  慶の身体は二つに折りたたまれるかのように曲げられている。清埜の全体重が慶にのしかかり、さっきよりもより深くを抉った。ぎゅっと腹の奥が締まる。まるで、清埜の欲をすべて搾り取ろうとしているかのようだ。  縛られたままの清埜の手が慶のネクタイにかかった。小さく笑った口がネクタイを咥え、力尽くに引きちぎられる。  慶の最後の防護が消えた。 「覚悟、してください」  そうつぶやいた清埜が慶を何度も何度も抉る。もう何度絶頂したかもわからない。もはや、絶頂している状態こそが通常だといわんばかりに、慶を支配する。 「……っ慶さんっ」  清埜が慶の肩に顔を埋めた。  噛まれる……。その恍惚に慶は清埜を抱き締める。  慶が大きく震えた。まるで慶を真っ二つにするかのような衝撃が襲う。それさえも愛しくて、慶は自ら大きく身体を拓いて清埜を受け入れた。 「……好きなんです……慶さんが……ずっと」  清埜が大きく震えた。腹の奥深くに熱い塊が吐き出される。それは、狭い隙間から溢れ出し甘い匂いをまき散らした。 「清埜……す……」  好き。そういいかけた口を噛んだ。こんな流されるままにいうものじゃない。だけど、気持ちが良くて、もっと欲しくて――だけど――。  慶の意識がフッと消えた。
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