また会えたら

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「あ、え、和佐(かずさ)。なんで」 10メートル弱先に立つ彼女を見て、僕は混乱した。 だって、彼女はもうこの世にいないのだから。 その血みどろの姿が物語っているように、 彼女は交通事故で死んでしまったのだから。 けれど、今僕の目の前に彼女はいる。 それだけで嬉しかった。 「和佐!待ってて、今そっちに行くかぁ――」 「来ないで」 彼女のいるホームへ行くために歩道橋の方へ踵を返した体が止まる。 制止を叫んだ彼女は泣いていた。 「え、なんで・・・」 「いいから、あなたはそっちに居て」 わけがわからない。 なぜ、彼女を抱きしめにいってはいけないのか。 けれど、僕は動くことができなかった。 溢れ出る涙に溺れた目が、強く僕を縛り付けた。 「ねえ、健(たける)は私に会って、何を伝えたかったの?」 彼女が歪な笑顔を傾けて聞く。 「え、ぼ、僕は・・・ただ、会いたくて・・・」 「違うよね。それだけじゃないはずだよ。 ねえ、本当に伝えたかったことは?」 彼女の眼は僕の心を見透かしているかのように真っすぐだ。 「お願い、時間がぁ、ないのお。速、く教え、て」 彼女の早口で歪んだ言葉が僕を急かす。 真っ白の右頬を鮮血がなぞっていく。 彼女を見るのが苦しい。 彼女を抱きしめられないことが悔しい。 彼女に涙を流させていることが情けない。 彼女の言葉がむかつく。 それよりも・・・ こんな悩みの渦中にいる自分が馬鹿らしい。 覚悟を決めろ。 彼女への思いを先延ばしにするな。 あの日のように、また伝えられずに会えなくなるくらいなら。 言え! 「ぼ、僕と・・・別れて欲しい!」 僕の申し出に彼女の瞳が揺らいだ。 「はい、喜んで・・・」 鮮明な返事が脳を駆け巡る。 彼女は優しい人だ。 だから、別れを告げたかった。 彼女に僕を1人にした後悔という鎖で繋ぎ留めないように。 望んでいた返事なのに、膝から崩れ落ちそなぐらい苦しい。 けれど、それ以上に彼女も苦しいはずだから。 僕は笑顔で気持ちを隠した。 「相変わら、ず、ぶさ、い、くな笑、顔・・・だね」 彼女が体がパズルのピースのように壊れて崩れ落ちて消えていく。 「今まで、大、好きぃだ、ったよ」 「俺も!だい・・・」 最後の僕の言葉から逃げるように、 彼女は暗いステージの外へと消えてしまった。
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