四、妻の想い、夫の願い

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「すごいなあ。阿佐子は。私のことをなんでも知っているみたいだ。実際に過ごした月日は一年(ひととせ)にも満たないというのに」 「結婚当初は、わたくしも幼さが残っていたでしょうね。けれど、もう六年分は歳をとっておりますもの」 「そうか。そうだね」 人というのは、歳をとると、ささいなことでは感動しなくなるものかもしれません。 子どもの頃は、蝉の抜け殻やつばめの巣にも心動かされていたのに、大人になった今では、意識を傾けなければ気付きもしないのです。 ですから、鳳凰のたまごを求めて旅した日々は、時藤さまにとって何にも変えがたい非日常でした。 道中の過酷さは計り知れず、他の隊員たちは二度と行きたくないと思っているでしょうに。 そんな日々こそ、また取り戻したい……と、時藤さまの瞳が語っていました。 「また、そんな情けないお顔をして」 「いや、阿佐子には頭が上がらないと思って」 「わたくしではなく、このたまごに頭を下げてみてはいかがです? なんといっても鳳凰のたまごですから、時藤さまの願いを聞き届けてくれるかもしれません」 いったい、この中には何が詰まっているのでしょう。 かたく、冷たく閉じた(から)の奥。 外から破るわけには参りません。 ただひたすら、待つしかないのです。 もし、何も入っていなかったら? 中身は空っぽかもしれないという恐怖を、時藤さまは好奇心で打ち消すことができるでしょうか。 恐怖すら打ち消すほどに、生まれてくることを強く信じられるでしょうか。 「ねえ。ねえたまごさん。そなたがもしわたしの願いを叶えてくれるなら、またわたしを夢中にさせておくれ」 時藤さまは、たまごに向かって囁きかけました。
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