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一、時藤のゆううつ
「阿佐子。わたし自ら持ち帰ってきてなんだけどさ、やはりこれ。どう見てもただの石っころだよねえ……。ああどうしよう、どうしよう。わたしはもう、ひとかけらの自信もないよ」
我が夫、時藤さまの言う石っころというのは、〝たまご〟のことでございます。
それも、ただのたまごではありません。
〝鳳凰のたまご〟でございました。
竹で編んだカゴの中、上等な絹織物を幾重にも重ねたその場所に、こぶし二つ分よりも大きなたまごを大切に包み込んでおりました。
時藤さまは、妻であるわたくしのいる母屋が一番あたたかいからと言って、そのカゴを帳台の奥に押し込んだのです。
そして、この部屋へ足を運ぶたび、カゴの中のたまごをちらちらと気にしては、大きくため息をつくのでした。
「時藤さま。このたまごは貴方さまが、主上のために持ち帰られた、比類なき宝ではありませんか? ですから、そのように気を落とす必要はありません」
「いやいや。今や、そう思ってるのはお前くらいだと思うよ、阿佐子。結局さ、二月待っても三月待っても、何も生まれやしない。主上からは嘘つき呼ばわりされて、突き返されてしまうしさ。わたしはいい笑い者じゃないか」
「ヒナというのは、生まれてはじめて見たものを親と慕うと申します。たまごを孵化させて、鳳凰のヒナ鳥を従えて、貴方さまを笑った無礼な者どもにひと泡吹かせてやればよいではありませんか」
「わたしが望んでいたのは、そんなことではないんだけど」
我が夫は、長旅から戻って来てからというもの、どうにも気力を失っているようでした。
うぐいすのさえずる、うららかな春の日。
御簾を揺らして吹く風が、柔らかく首すじを撫でてゆきました。
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