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四、妻の想い、夫の願い
「阿佐子。お前には六年もの間、さびしい思いをさせたというのに、わたしを恨みに思ってはいないのかい?」
わたくしが十六のとき、三つ歳上の時藤さまと婚姻を結びました。それから一年も経たないうちに、時藤さまは鳳凰探しに旅立たれたのです。
夫が帰ってきたとき、わたくしは二十二歳になっておりました。
わたくしたちの間に、子どもはおりません。
結婚後まもなく夫が不在にしていたのですから、仕方のないことです。
事情が事情とはいえ、互いの実家からはややこを望む声が絶えず、確かにわたくしは六年間、息苦しい思いをいたしました。
「恨みに思ったこともございますわ。なぜ、そのお役目を賜ったのが貴方さまであったのかと」
生き霊になって、旅先の枕元に立ってやりたいと思ったくらいには。
少し責めるような口調で言うと、時藤さまはますます肩をすぼめました。わたくしは、そんな夫を愛おしく思いました。
「ですが、今なら分かります。貴方さまが選ばれた理由。
時藤さまは、鳳凰のことだけを考え続けた六年間を、忘れられずにいるでしょう?
たまごをたずさえ、都へ戻れば褒美も名声も手に入るというのに、たまごを手にした瞬間に何もかも失った気がしたのでしょう?」
「お前。どうして、それを」
時藤さまは振り返り、驚いた顔をなさいました。
「日がな一日、貴方さまの愚痴を聞かされていれば、嫌でも気付きますとも」
夫にとって人生の価値は、鳳凰のたまごという「夢」を追いかけることでございました。
まだ見ぬ夢。
そこに至るまでの過程が何よりも大事であり、決して「たまごという結果」が欲しかったわけではないのです。
石のように沈黙したままのたまご。
それを持ち帰った日に、時藤さまの心は色を失っていったのでした。
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