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「すごいなあ。阿佐子は。私のことをなんでも知っているみたいだ。実際に過ごした月日は一年にも満たないというのに」
「結婚当初は、わたくしも幼さが残っていたでしょうね。けれど、もう六年分は歳をとっておりますもの」
「そうか。そうだね」
人というのは、歳をとると、ささいなことでは感動しなくなるものかもしれません。
子どもの頃は、蝉の抜け殻やつばめの巣にも心動かされていたのに、大人になった今では、意識を傾けなければ気付きもしないのです。
ですから、鳳凰のたまごを求めて旅した日々は、時藤さまにとって何にも変えがたい非日常でした。
道中の過酷さは計り知れず、他の隊員たちは二度と行きたくないと思っているでしょうに。
そんな日々こそ、また取り戻したい……と、時藤さまの瞳が語っていました。
「また、そんな情けないお顔をして」
「いや、阿佐子には頭が上がらないと思って」
「わたくしではなく、このたまごに頭を下げてみてはいかがです? なんといっても鳳凰のたまごですから、時藤さまの願いを聞き届けてくれるかもしれません」
いったい、この中には何が詰まっているのでしょう。
かたく、冷たく閉じた殻の奥。
外から破るわけには参りません。
ただひたすら、待つしかないのです。
もし、何も入っていなかったら?
中身は空っぽかもしれないという恐怖を、時藤さまは好奇心で打ち消すことができるでしょうか。
恐怖すら打ち消すほどに、生まれてくることを強く信じられるでしょうか。
「ねえ。ねえたまごさん。そなたがもしわたしの願いを叶えてくれるなら、またわたしを夢中にさせておくれ」
時藤さまは、たまごに向かって囁きかけました。
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