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「帰れ」
誰だろう。
「…お願いします。中島先生に一言だけでも」
八野が扉に向かって頭を下げる。
「帰れ!お前のせいで台無しなんだよ。
お前なんかにあの役務まらないんだよ。
帰れ」
家のインターホンに出たのは、中島先生ではなかった。
声からすると、若い男性らしかった。
声だけでわかるのは、かなり八野圭人に怒ってるということ。
その男性は中島先生の子供なのか、家族なのか。中島先生なら手伝いを雇っていてもおかしくないし…
それにしては、感情的で、だいぶ今回の件に怒っている。当事者感さえある。
もしかして、本来八野の役を演じるはずだった俳優…!?
…なわけないか。年もかなり若そうだし。
「森山さん、なんとかしてくださいよ!」
「え、お、俺?無理無理無理無理」
八野はうるうるとした目で頼み込む。
「台本は?お菓子は?約束したじゃないですか!」
「いやいやいやそれは八野さんが!」
すぅー、と二人の間を白い影が通る。
みゃ、と猫が鳴いた。
二人の間にいる。
「ししょー!?なんでここに!」
「わっ、ねっ、猫っ!!」
ーーゆくぞ。
と、おもちししょー、改め、森山の飼い猫は言った。
…言った?
「え…今、聞こえました?おもちししょー、猫が…」
「師匠って誰ですか!それよりこの猫どうにかしてくださいっ俺、猫無理なんでっ!!」
八野には聞こえていなかった。
…気のせいか。
てか、いつのまにししょーは家を抜け出したんだ。
そういえば、八野と揉み合いになって玄関先でドアを開けたり閉めたりしていたかもしれない…
もしかしてその隙に?
ししょーは俺の家を勝手に出て行ったりする猫ではないのに!
でも、ここにいるのは確かに俺の、猫。
ーーゆくのだ
おもちししょーは、その家の柵を軽々と飛び越えて扉を小さな肉球で叩いた。
「あれ、あいつ…中島先生の飼い猫…なんですかね?」
八野が言った。
「いや、俺のです」
俺は確かにそう言った。
あれは、俺の背中を押しているのだ。
「…俺が、行きます」
「行く…ってどうやって…」
俺は猫のように軽々と飛べはしない。
扉の前の柵には鍵らしい鍵もついてない。
それなら、俺は強行で突破する。
といっても、その柵を留めている金具を少しずらすだけなのだが。
「森山さん、不法侵入で通報されちゃいますよ」
「あなたがどうにかしろって言ったんじゃないですか…」
インターホンのある関所を超えて、俺は数段の階段を登った。
脚本家中島章太郎の家を守る、荘厳な扉の前に立った。
おもちししょーの小さな前足では、扉を叩く音も小さい。
俺はししょーを抱えて扉を直接ノックした。
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