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「じゃあね、了一君」
門番の子供は、中島先生の息子さんだった。
「…じゃーなおっさん」
「あはは…やっぱりおっさんか…」
帰り道。
「中島章太郎というのは、本名を男性名に変えたものだったんですね。
てっきり男性だと思ってたから驚きました。作品からじゃ、性別ってわからないものですね」
なぜだろう。先生本人に会えたというのに、自宅にまで行って、一緒に話して、顔も知ったというのに、興奮や嬉しさがない。
先生の名刺ももらった。
連絡しようとすればできる。
夢にも見なかった、夢みたいなことなのに。
もやもやした、重たい気持ちだ。
八野は、きっとショックを受けただろう。一言も話さない。
「とにかく真実はわかりましたね。とても信じられないですけど…
だって、誰も知らなかったんでしょ。
きっと事務所の中でも、一部の人しか知らない極秘事項なんですよね」
それを、下っ端の俺が聞いて良かったのか?
「…ですね」
「近重拓実さんって、去年から海外で演技を勉強するってことで、最近は日本で活動してなかったんでしたっけ。
でも本当に亡くなってるなら、その話も…」
「森山さん、タクシー拾って帰りましょうか」
不躾に喋りすぎたな…
タクシーに乗り込むと、八野は俺の家の住所を言った。
「すごい、覚えてるんですね」
「記憶力は良い方で。
あ、大丈夫です。押し掛けません。今日一日付き合っていただいたのでこれくらいは」
「…すみません」
「こちらこそ」
八野と別れ、家に着く。
すぐに[近重拓実]と検索しようとするも、鞄の中からスマホが出てこない。
探すのも煩わしく、PCで打ち込む。
「ちかしげ…たくみ」
検索候補には八野圭人の名前がくっついて出てくる。
共演作品が出てきた。
二人が主演の、いわゆる[BL]というやつらしかった。
オンデマンドで配信されていたので、1話を再生してみる。
ーーー結局、最終話まで見た。
一話が短かったので、すぐに見終わった。
このジャンルのドラマは初めて見た。
配信サイトでの評価は高く、界隈でも有名な作品らしかった。
ターゲット層ではないであろう俺でも、さくさく見られる内容だった。
同性同士のものは毛嫌いしていたが、予想していたほどの嫌悪感はなかった。
八野圭人演じる主人公と、その相手役の近重拓実。
二人はそのドラマの中で、話が進むにつれて手を繋ぎ、ハグをし、キスをした。同じベッドにも寝た。
お互いに好きだと気持ちも伝えた。
感情移入こそできなかったが、男女の恋愛ドラマを見たとしても、感情的に見られないのは同じだった。
しかし、出てきた感想は少し違う。
ーーー整った顔、スタイルなのに、勿体無い
ーーー女に腐るほどモテるだろうに、男を好きになるなんて
ーーーこんなイケメンのゲイが二人揃っているわけない
ーーー二人とも、プライベートでは彼女がいるんだろう
ーーー現実にはこんなに都合のいい同性愛は存在しない
ーーーこの二人、長続きしないだろう
ーーーたとえ仕事でも、嫌じゃないのか?
そう思ってしまった。
こんな考え古臭い、時代と逆行してるとわかっていても、このドラマを見て自然とそう思ってしまったのは事実。
それはそれとして、近重拓実がこういう、同性愛ものに出ているのは知らなかった。
興味がなく、見たいとも思ってなかったから。
このジャンルは放送時間が夜遅かったり、話数が少なかったり短かったりするのが多いようで、メジャーなジャンルとの扱われ方には差を感じた。俺が知らなかったのには、そのせいもあるはず。
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