1.出動

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「じゃあね、了一君」 門番の子供は、中島先生の息子さんだった。 「…じゃーなおっさん」 「あはは…やっぱりおっさんか…」 帰り道。 「中島章太郎というのは、本名を男性名に変えたものだったんですね。 てっきり男性だと思ってたから驚きました。作品からじゃ、性別ってわからないものですね」 なぜだろう。先生本人に会えたというのに、自宅にまで行って、一緒に話して、顔も知ったというのに、興奮や嬉しさがない。 先生の名刺ももらった。 連絡しようとすればできる。 夢にも見なかった、夢みたいなことなのに。 もやもやした、重たい気持ちだ。 八野は、きっとショックを受けただろう。一言も話さない。 「とにかく真実はわかりましたね。とても信じられないですけど… だって、誰も知らなかったんでしょ。 きっと事務所の中でも、一部の人しか知らない極秘事項なんですよね」 それを、下っ端の俺が聞いて良かったのか? 「…ですね」 「近重拓実さんって、去年から海外で演技を勉強するってことで、最近は日本で活動してなかったんでしたっけ。 でも本当に亡くなってるなら、その話も…」 「森山さん、タクシー拾って帰りましょうか」 不躾に喋りすぎたな… タクシーに乗り込むと、八野は俺の家の住所を言った。 「すごい、覚えてるんですね」 「記憶力は良い方で。 あ、大丈夫です。押し掛けません。今日一日付き合っていただいたのでこれくらいは」 「…すみません」 「こちらこそ」 八野と別れ、家に着く。 すぐに[近重拓実]と検索しようとするも、鞄の中からスマホが出てこない。 探すのも煩わしく、PCで打ち込む。 「ちかしげ…たくみ」 検索候補には八野圭人の名前がくっついて出てくる。 共演作品が出てきた。 二人が主演の、いわゆる[BL]というやつらしかった。 オンデマンドで配信されていたので、1話を再生してみる。 ーーー結局、最終話まで見た。 一話が短かったので、すぐに見終わった。 このジャンルのドラマは初めて見た。 配信サイトでの評価は高く、界隈でも有名な作品らしかった。 ターゲット層ではないであろう俺でも、さくさく見られる内容だった。 同性同士のものは毛嫌いしていたが、予想していたほどの嫌悪感はなかった。 八野圭人演じる主人公と、その相手役の近重拓実。 二人はそのドラマの中で、話が進むにつれて手を繋ぎ、ハグをし、キスをした。同じベッドにも寝た。 お互いに好きだと気持ちも伝えた。 感情移入こそできなかったが、男女の恋愛ドラマを見たとしても、感情的に見られないのは同じだった。 しかし、出てきた感想は少し違う。 ーーー整った顔、スタイルなのに、勿体無い ーーー女に腐るほどモテるだろうに、男を好きになるなんて ーーーこんなイケメンのゲイが二人揃っているわけない ーーー二人とも、プライベートでは彼女がいるんだろう ーーー現実にはこんなに都合のいい同性愛は存在しない ーーーこの二人、長続きしないだろう ーーーたとえ仕事でも、嫌じゃないのか? そう思ってしまった。 こんな考え古臭い、時代と逆行してるとわかっていても、このドラマを見て自然とそう思ってしまったのは事実。 それはそれとして、近重拓実がこういう、同性愛ものに出ているのは知らなかった。 興味がなく、見たいとも思ってなかったから。 このジャンルは放送時間が夜遅かったり、話数が少なかったり短かったりするのが多いようで、メジャーなジャンルとの扱われ方には差を感じた。俺が知らなかったのには、そのせいもあるはず。
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