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しかし、近重拓実は俺も名前を知っているくらいの有名人だった。
その人が今はこの世にいない。
それは現実味のない事実だった。
画面の中で生き生きとしているのが不思議だった。
彼の現在が世間に知られていないということも。
このドラマを撮影した数ヶ月間、二人は恋人を演じていた。
こんな風に共演した二人でも、撮影が終われば連絡は取らなくなるものだろうか?
八野は何も、近重拓実の近況を知らなかったのだろうか。
傷ついて落ち込んで、悩んでいないだろうか。
死因は何だったんだろうか。
噂は立っていないだろうか。
彼が消えた時のニュースは?
どこかから情報は漏れなかったのか?
本当に誰も知らないのか?
何故、誰が死を隠しているのか?
「スマホ、スマホ」
時計は深夜1時を指した。
ししょーが鳴いた。
机の上のタブレットを踏みつけている。
「あ、そうだった。探せる。ありがと」
タブレットとリンクしたスマホは、地図上を移動している。
さっき俺の家の前を出て、そのまま道路の上を移動した形跡。
「え…家の中じゃない。どこだこれ。落とした!?盗まれた!?」
師匠は首を振っている。
「もしかして、タクシー…」
師匠は口を大きく開けて欠伸をした。
「ここで大丈夫です。どうも」
八野圭人はタクシーを降りた。
「お客さん!忘れ物!」
「あ、ありがとうございます」
後部座席を見ると、スマホが落ちていた。
「気をつけてね!」
タクシーは行ってしまった。
スマホは自分のではなかった。
多分森山だ。
ロック画面があの白い猫であるから。
「どうしよ」
ここで待っていれば来るだろうか。
社用携帯に電話しようか。
後日届けようか。
しばらくして、連絡が来た。
「もしもし」
「すみません夜遅くに」
「森山さんのスマホ、持ってます」
「そうですか!良かった…ほんとにすみません。今度仕事の時にでも届けてもらえたら…」
「これから俺の家来てください。自分用、無いと何かと困るじゃないですか。」
人を自宅に呼ぶなんて、久しぶりだ。
「え、今から?八野さんの家ですか?八野さんが良いなら行きます…けど…」
「はい、構いません。じゃあ、住所言いますよ。目黒区…」
「あ、あのタワマンですか」
「知ってるならよかった。着いたら教えてください」
「こんな遅くにすみません。お邪魔する気はなかったんですが…」
八野は風呂上がりだった。髪の毛が湿っている。
「どうせ眠れないので大丈夫です。少し休んでってください」
「いえ、もう遅いし帰ります」
ドラマを見てからだと、何か変な気分だ。BLだったし。
見なきゃ良かったか。
いろんなドラマのシーンが蘇ってきてしまう。
何も変わってないはずなのに、顔を見るのも気まずい…。
あれは役だし演技だし。
「スマホ、気づくまで随分遅かったですね。何かしてました?」
「…はい、ドラマ見てて」
「“鏡の恋人”?」
「……はい」
バレてる!
「どうでした?」
どう…と言われても…
「……えっと…面白かったです。
一気に、最後まで見ちゃいましたし…」
面白かったって何だ!もっとあるだろ。
一応テレビ局の人間なのに感想が素人すぎる。でも、踏み込んで感想を言えば更に気まずくなる気がした。
八野圭人はほんの少し口元で笑ったが、何も言わなかった。
それにしても落ち着かない。
この部屋は全く別世界で。
窓の外は展望台からの景色だ。
「…ここ、怖く無いですか」
「怖いですよ、住んでる人ら、皆いかついし」
「あ…そっちですか」
「高さは慣れますよ。ただ普通に不便ですね。引っ越したいなーと思ってるんですけど、今は忙しくて」
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