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「森山さん、俺が本当に近重さんと付き合ってたとしたら、どうやって励ましてくれますか」
「もしって…」
「仮に、の話です」
「本当に付き合ってたなら、それは…辛いでしょうね…
本当に付き合ってた…んですか?」
「いえ。全く、そんな事実はないですよ。良き仕事仲間というか、同胞ではありました」
「何で聞いたんですか。もし、とか…」
「近重さんとのドラマ、やってて新鮮でした。
新人で、初めて主演もらって。
それもBLで。どんな気持ちでやったらいいのかわからなかったです。
話をもらって撮影が始まっても、男を恋人として好きになる気持ちって…やっぱり難しくて。
どうしても、恋愛感情を近重さんの役に向けるのができなくて…
少しでもできた、と思っても、監督に満足してもらうことができなくて」
「でも、すごくリアルだなと思いましたよ、素人目にですけど…」
「それは良かった。強行手段をとったおかげで、そう思ってもらえたなら」
「強行手段ってどういう…」
八野は氷の入った麦茶を飲んだ。
コップについた水滴が、テーブルにぽたぽた落ちた。
「森山さんは、恋愛感情か、そうじゃない感情か、その違いは何だと思いますか?」
「…」
「性別関係なく、この人のこと好きだなあと思うことはある。でも、その好きって、異性なら恋愛感情って断定できるほど簡単じゃない。
同性愛がわからない俺には、何を基準に、同性への好きが恋愛感情だとわかるのかも、わからなかった。
そこで、当事者の友人に聞きました。
彼にとって、何が基準に友達の男と恋愛対象になる男が別れるのか。答えは?」
八野圭人は、俺に問う。
「それは…」
“今、何考えてた?”
ある人の顔と、言葉が思い浮かんだ。
その日俺は、驚きを隠すのに必死になって、あまりに完璧なタイミングで、とっさにその人を突き飛ばしてしまって、謝って…
なんて、それももう10年近くも前のこと。なのに時々、唐突に思い出す。
「…わかりません」
八野圭人は、コップを置いた。
「ヤりたいと思うかどうかだ、
って、そいつは言ってました」
ヤリたいかどうかだ、なんてはっきり言ったその友人は、勇気のある人だな。
俺だったら恥ずかしくてとても言えない。
「…なるほど、まぁ…そうなんですかね」
「俺は、その言葉を信じて近重さんに相談してみました。
一度、試したらどうかって」
「はあ…えっ?何をですか」
「経験のないことを演じるのって難しいんですよね。だから俺は何でもかんでも、役作りのために実際にその役の職業から言動まで、一通り実生活に取り込んでみます。もちろんそうしなくても、演じられる人はいる。けど俺には、経験が必要なんです」
「それで、どう…試したんですか」
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