1.出動

17/19
前へ
/25ページ
次へ
「セックスを」 口の中の唾液が喉に詰まってむせた。 しゃっくりみたいに咳が止まらない。 「ちょっ、森山さん、大丈夫ですか?」 「だっ…」 大丈夫じゃない。 「驚かないでください。 実際ドラマには濡れ場の直接的な映像はありませんでしたし、本当に完全なプライベートの、俺達だけで決めてやったことなので。撮影でやったとかじゃないです!ドラマ見たなら、わかると思いますけど」 驚いたのはそこじゃない! 「二人で手を繋いで買い物に行ったりもしましたよ。それからホテルに行って、どっちが上か下か、何となく想像して、名前は役名で呼び合って、食べ物も気を使ったし、腸内の洗浄もちゃんとして。一応逆のパターンもあるかと思ってお互いに…」 「そ、そこまでっ、詳しく話さないでください!何となくでっ、わかりますから!」 まだ咳が止まらない。 何で俺がこんなに恥ずかしい思いをしなくちゃいけないんだ… というか何を聞かされてるんだ? 「あ、そうですよね。すみません。 …でも、今日の中島先生のお話を聞いて思ったんです。 あの時、お互いに目の前のことに真剣で。俺と近重さん、二人とも必死だったし。演技が大好きで、あんな頼み事まで聞いてくれた人が、どうして。 死ぬまで役者でいるって覚悟で、あんなに元気だったのに。 近重さんが亡くなったなんて信じられません。それも、公表されてもない、世間に知られないように隠されてるなんて。 病気でも、自殺でもないと思う。 何か裏がある気がする」 「じゃあ、事故とか…まさか、他殺なんてことは」 サスペンスでもあるまいし… でも、この人なら真剣にそう思うかもしれない。 「あるかもしれない、と思います。 それか、死んでもいない。 生きてるのに、芸能界に戻ってこられない理由があるんじゃないかって」 他殺よりは、その方が現実的に感じる。 ただ、近重拓実が死んだ、とまで中島章太郎が言い、そのことを公表もせず隠していたのには理由があるはずだ。 「だから俺、近重さんを探します。 死体でも骨でもなんでも。 近重拓実が死んだなら、それを証明します」 そこまでして、触れるなと鍵をかけられたようなことを知りたがるのは何故だ。 ただの共演者の一線を超えたから? それとも八野は、近重拓実のことが本当に好きになったのだろうか。いや、好きだった、か。 「探すのは、いいと思います。 けど、差し支えなければ…聞いていいですか。その、強行手段の結果、八野さんは、男を好きになる気持ちがわかったのか」 …そんなこと聞いて何になる? 詳しく話すなって、自分から言ったのに。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加