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「セックスを」
口の中の唾液が喉に詰まってむせた。
しゃっくりみたいに咳が止まらない。
「ちょっ、森山さん、大丈夫ですか?」
「だっ…」
大丈夫じゃない。
「驚かないでください。
実際ドラマには濡れ場の直接的な映像はありませんでしたし、本当に完全なプライベートの、俺達だけで決めてやったことなので。撮影でやったとかじゃないです!ドラマ見たなら、わかると思いますけど」
驚いたのはそこじゃない!
「二人で手を繋いで買い物に行ったりもしましたよ。それからホテルに行って、どっちが上か下か、何となく想像して、名前は役名で呼び合って、食べ物も気を使ったし、腸内の洗浄もちゃんとして。一応逆のパターンもあるかと思ってお互いに…」
「そ、そこまでっ、詳しく話さないでください!何となくでっ、わかりますから!」
まだ咳が止まらない。
何で俺がこんなに恥ずかしい思いをしなくちゃいけないんだ…
というか何を聞かされてるんだ?
「あ、そうですよね。すみません。
…でも、今日の中島先生のお話を聞いて思ったんです。
あの時、お互いに目の前のことに真剣で。俺と近重さん、二人とも必死だったし。演技が大好きで、あんな頼み事まで聞いてくれた人が、どうして。
死ぬまで役者でいるって覚悟で、あんなに元気だったのに。
近重さんが亡くなったなんて信じられません。それも、公表されてもない、世間に知られないように隠されてるなんて。
病気でも、自殺でもないと思う。
何か裏がある気がする」
「じゃあ、事故とか…まさか、他殺なんてことは」
サスペンスでもあるまいし…
でも、この人なら真剣にそう思うかもしれない。
「あるかもしれない、と思います。
それか、死んでもいない。
生きてるのに、芸能界に戻ってこられない理由があるんじゃないかって」
他殺よりは、その方が現実的に感じる。
ただ、近重拓実が死んだ、とまで中島章太郎が言い、そのことを公表もせず隠していたのには理由があるはずだ。
「だから俺、近重さんを探します。
死体でも骨でもなんでも。
近重拓実が死んだなら、それを証明します」
そこまでして、触れるなと鍵をかけられたようなことを知りたがるのは何故だ。
ただの共演者の一線を超えたから?
それとも八野は、近重拓実のことが本当に好きになったのだろうか。いや、好きだった、か。
「探すのは、いいと思います。
けど、差し支えなければ…聞いていいですか。その、強行手段の結果、八野さんは、男を好きになる気持ちがわかったのか」
…そんなこと聞いて何になる?
詳しく話すなって、自分から言ったのに。
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