1.出動

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「全然、わかりませんでした」 八野は無邪気に言った。 “今、何考えてる?” またあの顔と声。 あれがなければ、俺は苦しまずにいられたのに。 「でもおかげで気づきました。 わからなくて当たり前だって。 最初から考えが間違ってたんです。 男も女も関係なく、役作りのために肉体関係を持つなんて普通はないでしょ。 それに、俺にも好みはありますしね。 近重さんのことは人として好きだけど、恋愛感情じゃないってことはわかりました。これからもそうはならないなって。 男同士で色々大変なことも、男同士だから楽しいことも知れて、いい経験にはなりました」 「それは、良かったです」 なんだ。 「森山さんは、どうですか?」 「何がですか」 「俺のこと、どう思いますか」 「…どう」 どう… ドウ…おもいますか? 何だそれ。 「どうって」 「森山さん。俺のこと好きですか?」 「普通に…?何ですか急に」 「好きか、嫌いか…」 何なんだ一体! ーーそこへ白い影。 「師匠!?」 また現れた。うちにいるはずの白い猫が。 ーー猫が嫌いな奴は嫌い、か また師匠が喋ってる、俺だけに聞こえる。 「ひぃ"!!!猫っ、猫っ!!」 そして、また八野が猫を怖がる。 たしかに猫が嫌いな人間は嫌いだ。 「くっ、来るなっ、寄るなっ、うわあああ!!」 暴れる八野、ひょいひょい八野の周りをまとわりつく師匠。 「ちょ、危な!やめろ師匠!」 師匠の尻尾を踏みそうになった八野が、避けようとしてバランスを崩した。 そのまま倒れて、俺まで巻き込まれて… 「わっ、大丈夫ですか森山さん!!森山さん!?」 天を大きく仰いで… “助けて” 「森山さん…?」 起き上がったはずなのに、目線がとても低い。 全身が柔らかくて、ふさふさで、なんかむず痒くて、体の毛をなめちゃったりして… 「…俺、まさか、猫に」 なんて、ありえないよ、な? 「しゃべった!?」 八野圭人は腰を抜かしている。 俺もそうするところだが、4本の短い足がしっかりと地についている。 我輩は…猫になってしまったようである。 「…おもちししょーは」 師匠は俺を見ていた。 同じ高さの目線で。 「悪かったな、とっさの判断でお前を猫にしてしまった。あのままでは悪い所を打って死ぬところだったぞ」 「師匠!」 今までは脳内に語りかけるような声だったものが、今は師匠の口から発せられた、確かな声だった。 これは、猫語を理解できているということかもしれない。 いやいや、待ってくれ。 こんなファンタジーでリアルな夢、 きっと疲れてるに違いない。 「残念ながら、俺にはお前を元に戻す方法はわからない。悪いな、森山…」 師匠が話してるなんて、変な感じ。 でも、想像通りの声だな。 それも当たり前か。 これは俺の脳内で作った夢なんだから。 背伸びをして、暖かい所を探して丸くなって、 だんだん世界が明るくなって… ほら、ちょうど目が覚める頃だ。
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