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「…んー…」
朝になっていた。
目が覚めた。
目覚まし時計は鳴らない。
ぼんやり穏やかな気分。
ぐっと背伸びをして、石鹸の匂いのするシーツに顔を押し付けた。
いい香りだ。
この香りにずっと包まれていたい…
枕の肌触りも良くて、すべすべで…
「んー…」
ん?
今のは自分の声じゃない。
「八野さんっ!?」
目の前に八野圭人の顔がある。
そして、俺はその横で丸くなっている。
なんで、どうして。
立ち上がっても、ふわふわした四つ足のつま先がベッドの上に沈みこむだけ。
つまり、俺はまだ、猫である。
そして、八野圭人のベッドの上で寝ている、いや、寝ていたのだ…
「なんで!?」
猫嫌いの八野のことだ。
役作りで男と寝ても、猫とは意地でも寝ないだろう。
「そいつはお前が心配で、ずいぶん怯えながらだったが、眠った後のお前の様子を見ていたんだ。そのまま睡魔に襲われて眠ってしまったんだろうな」
ししょーが、ベッドの上に飛び乗った。
目線は同じ。
俺たちは同じ猫同士…
なんて、まだ信じることはできない。
「ししょー…俺、やっぱり猫になってしまったのかな」
「ああ、夢じゃない。残念ながらな…」
「そんな、困るよ!俺、一生猫のままってこと?」
「いや、そうとは限らない。お前を猫にしたのは俺だ。人間に戻す方法も、どうにかして探すことはできるはずだ」
「どうにかって…」
「手当たり次第に探すしかない。まずは俺を猫にした人間に聞いてみるとしよう」
「え、師匠も人間だったの?」
「ああ。そう遠くない昔に」
「それは、いつ…どうしてっ…!!」
途端に首が締まる。
喉元を何かに掴まれたような。
「んー…」
八野に掴まれたのだ。
眠っているから、抱きしめているのが猫だと気づいていない。
それが俺だということも!
「ぐっ、ぐるじっ」
しかし八野をこのまま起こしたら、たちまち俺を投げ飛ばすのではないか?
いや、そんなこと考えている場合じゃない。この首絞めが続いたら、息が止まって死んでしまう。
「し、しぬっ…」
八野の腕をべちべちと叩いた時、ぶわっと体が宙に浮くような感覚がした。
白い影が俺を雲のように包み込む。
それから、鼻がむずむずして大きなくしゃみをした。
「……うええ」
今度は、体が鉄の塊のように感じる。
重たくて、だるくて…
瞼もどんと重力を感じて。
ー………つまり、また俺は人間になった。
いや、目が覚めた、のか?
「え…誰…」
俺は、目が覚めたのか、夢の中にいるのか分からなかった。
俺の腹の上に、誰かがへたばっていた。
八野ではない。じゃあ誰が?
「う、…」
そしてそいつが、うめき出した。
「…森山…だ、…大丈夫…か…」
と、俺の腹の上から起き上がれないままのその誰かが言う。
「俺よりそっちが…いや、誰だよ!?」
てか、夢の展開激しいな!
「俺…は…」
そいつは、よろよろと体を腕で支えて顔を上げた。
長い前髪の隙間から、ちらりと片方の目が見えた。
「ひっ」
さながらホラーの一場面だ。
それに部屋も暗い、ここは八野の部屋ではない。
やはり、これは急展開すぎるホラーな夢だな。
でも、俺はどこから眠った…?
そのゾンビのごとく起き上がったヤツは、のろのろと俺の顔と目を合わせようと這い寄りながら覗き込もうとする。
怖っ!
早く目覚めろ!早く!
ぎゅっと目を瞑って顔を背けていたら、頬を手のひらで軽く叩かれた。
衝撃で目を開いてしまった時、目の前には普通の人間がいた。
ゾンビでも貞子でも、怖い顔でもない。
むしろもっと、望んでた夢みたいな…
「…やっと、俺も…人間に、戻った…」
知っている顔だ。
知っていたくなかった顔だ。
でも一度見たら忘れられない顔だ。
「さ…佐久良…!」
ーーそうして、あの時のいじめっ子は、猫から人間に戻っていたのでした。
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