1.出動

2/19
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
佐久良が痛い目に遭えばいいのに。 カースト最下位の生活を一度でも味わえば。 金も権力も親の力もなく、這いつくばる生活を知れば、少しはあの捻じ曲がった性格も良くなるだろう。 そう願って、恨んで、俺も世界も何も変わらず、佐久良とも関わることはなく、存在さえ忘れていた。 大学を卒業し、そこそこの学歴と無数の挫折を糧にして、俺は無事に社会人になった。 「森山くーん?」 「は、はい!」 「先方から連絡来てる?そろそろ締切迫って来てるから、急ぎで返事もらいたいんだけど」 「はい、もう一度確認のメール送っておきます」 「ありがとー助かる」 「森山くーん!今度の懇親会なんだけど幹事おねがいできる?」 「えーと…他の方は…」 「みんな一回はやる決まりだからさーお願い!」 「森山君!会議代わりに出てもらえる?」 「えっあっ」 「森山!これ郵便局行って出しといて」 「今ですか!?」 「森山!」 「森山君!おつかいお願いしていい?」 「森山ー」 「森山さーん」 夏… こんな暑い日に思い出すのは、小さな頃の貴重でわずかな家族との記憶… それは、苦い。 思い出の中で輝いている俺がとても幸せそうに笑う度、胸が痛む。 小さな自分に教えてやりたくはないが、それでも伝えなきゃいけないことがある。 この先お前に起こること、 この先お前が知ること、 この先お前がそんなふうに笑うことはないこと。 コンビニで買ったビールの缶を冷蔵庫にしまい、前日に冷やしておいたものを開ける。 一口のみ、腰を下ろす。 どっ…… と、疲れが一気に肩に響いた。 「……はぁ…」 俺ももう26になろうとしている。 社会に慣れてきたと思ったが、年を取るほど仕事は辛くなるばかりだ。 そこそこの部屋、給料。 毎日残業してなんとか支える生活。 こうしてよりかかる二人掛けのソファがあるだけでも、俺は恵まれているんだと思わずにはやってられない。 俺には恋人もなければ、友人も多くはない。面倒見のいい家族、兄弟もいないし、俺が両親の世話係。 まあ、いるとすれば… 「おもちししょー…」 まっしろなもちもちの、猫。 「…はぁ…俺を癒してくれるのはししょーだけだよ…」 みゃー、と鳴いているおもち。 お前のように、俺も猫になってのんびり暮らしたいな…
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!