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何とか受験勉強を乗り越えた。
そして高校時代、
俺は別の心療内科に通っていた。
「どう、学校は?」
「特に…変わりありません」
「ぼちぼち行こう。気負わずにね。薬は同じにしておきましょう」
「はい、失礼します」
流れ作業の診察。
だが、それでいい。
俺だって来たくて来てるわけじゃないから。
レビューを見ればクリニックの評価はどこも低い。
どれも病んだ者の鬱憤不満の垂れ流しだ。
真っ当な批判もあるが、八つ当たりとも思える怒りの星1レビューも。
追い出されただの、話を聞いてくれないだのと。
他人の心を癒そうと志し医学に勤しんだ結果、こんな袋叩きにあうばかりか。
俺ならこんな奴らの相手はしてられない。
医者もご苦労なことだ。
だが門を叩くものは後を絶たず、
騒ぐならつまみ出せばよい。
掃いて捨てるほど病んだ者はいる。
みんなどこかマトモではない、
そういう病気だから。
親切に手を差し伸べたらビンタされる、
それでも手を差し伸べる。
どうして、こんな奴を助けなきゃいけないんだと、見捨てたくなりもするだろう。
実際に、患者に暴言ばかり吐く医者もいる。悪化させることもある。
我々は、雲よりも不安定な精神で、
地雷でできた道を、
爆発させないようそっとそっと、
たまに怪我を負いながら、
前に進む人たちの背中が遠ざかるのを悲しげに見つめる。
自我すら保つのも危うい、
時には意識も朦朧としていて、
それでも立っていようとする。
だから、差し伸べられた手が、
敵なのか味方なのかもわからず、
すがりついたり恐れて振り払ったりする。
霧の中を歩いている。
SOSを送っている。
届いたと思ったら、救助ではないものが来る。
銃を持って襲撃しに来る。
30回に1回くらいの確率で、支援物資が届く。
俺や、ここで診察を待つ人達は、きっと雪山の遭難者のようなものだと思う。
凍え、震え、幻覚や幻聴、空腹や渇きに苛まれながら、空に向かって信号を送って耐え忍んでいる。
いつかここから抜け出せる。
いつか誰かが助けに来る。
それまで、手持ちの微かな装備と非常食で生命を保っていよう。
もう、何のためにこの山に来たのかもわからない、どこから来たのか、どこへ向かっていたのかわからない。
ただ、今は、生きていなければならない。その本能に必死に生かされている。
微かな灯火のような本能に生かされている。
ここは遭難者と山の外との境界線だ。
SOSを発することができた、そして、あの扉の先に支援物資があることを願うものが待っている。
そんなことを考えながら、生活感を排除した待合室のBGMに耳を傾けていた。
待合室には、別世界に吸い込まれるような謎めいた力がある。
こうやって考え事が止まらなくなり、何を待っているのか忘れることもしばしばだ。
そろそろ会計に呼ばれるか。
「25番の方」
診察室から医師が顔を出した。
「25番の方、いらっしゃいますか」
しばらくして、ようやく25番はやって来た。
25番は、帽子を深くかぶっていた。
25番は程なくして診察室を出た。
その時も、帽子を深く被り直した。
俺は会計を終えエレベーターへ向かうと、25番は会計に呼ばれた。
その患者が会計に応じる背中と声に、
覚えがあった。
なんとなしに振り返ってみると、帽子の下が見えた。
「佐久良…?」
顔を知る者同士が出くわせば、番号で名前を伏せようと分かってしまうのだった。
エレベーターが来るのは、その日に限って遅かった。
1階を押すと、隣に25番がいた。
「俺がここに通ってるとか言いふらしたらぶっ殺す」
「言わないよ」
「俺はお前とは違う」
「わかってるよ」
「クズ山のくせに、何がわかんだよ」
「…すみません」
何で俺が謝ってるんだ?
「お前違うとこ行けよ。薬もらうだけならクリニックいくらでもあるだろ」
「無理だよ、先生を探すの、大変だし…」
「じゃあどうすんだよ。俺に、お前と同じ場所に通えってことか?…お前と主治医同じとか、ありえねー」
俺だってありえない…
「よ…予約日がかぶらなきゃいいよね…
予約する時言ってくれれば避けるし…」
やっと来たエレベーターに律儀に乗り込む。
「何でお前に一々俺が、連絡しなきゃなんねーんだよ」
「じゃあ、佐久良が病院変えれば…」
「は?俺は今日が初診だし」
「だから、俺だって病院変えるの嫌…」
「何でお前に合わせてやんなきゃなんねーんだよ」
1階についた。
「とにかくお前はここに来んな、迷惑」
「…あ、後から来たのは佐久良だろ、
俺の方が先にここに通院してたし」
俺がこいつに口答えしてるなんて。
弱みを握ったからか、診察が終わって安心したからか。
エレベーターから降りた。
「…」
バスが通りを塞ぐ、人通りの多い街中を歩いた。
「ついてくんな」
「俺も薬局に行くから」
二人とも処方箋を裸で手に握っている。
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