2.失望

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「別のとこ行けよ」 「向いにあるのに、別の場所に行くなんて面倒だよ」 信号を渡れば、すぐ薬局だ。 慣れた道。 「お前はいつからそんなに偉くなったんだよ」 青になった。 「…佐久良こそ、自分が後から来たのに」 佐久良は走って薬局へ向かった。 「あっ」 受付を先に済ませるつもりらしい。 俺も負けじと走った。 が、当然追いつかない。 「こんにちはー」 薬剤師の声。 患者が自分で処方箋を読み取らせるタイプの機械が受付にある。 それには少しコツが必要で、大抵の人は手こずる。 初回なら尚更だ。 佐久良は案の定、処方箋を持ったまま機械を前にして慌てた。 俺は佐久良を押し退け、 処方箋を読み取らせて番号札を取り、 処方箋と「おくすり手帳」を受付に出した。 薬剤師が来て、俺の処方箋を持って行った。 佐久良は俺を突き飛ばして再度処方箋を機会に差し込むが、読み取られない。 全く、こんな機械ない方がスムーズなのではと毎回思う。 「ちょっと、早くしてください」 読み取りの機械の後ろに、2人並んでいる。 「…クソ」 佐久良が機械の前から避けた。 手際よく、手慣れた客が受付を済ませていく。 列もなくなり、彼らは待合室の席に座って行った。 「やり方教えようか」 佐久良の処方箋は、失敗していくつもシワが付いている。 「…」 「自販機で素通りされたお金を意地でも入れようとするタイプ…」 「は?」 「貸して」 佐久良の処方箋の皺を伸ばし、差し込み口にそっと入れる。 ビー、と番号札が印刷されて出る。 佐久良は番号札を取ろうとしたが、それも取れない。 「どいて」 「は?」 「これは、コツがいるんだよ」 番号札は、トイレットペーパーのように、自力でカッターに沿わせて切り取らなければ、上手く取れない。 「はい」 佐久良に差し出す。 番号札は、佐久良が切り取るのに失敗したシワでぐちゃぐちゃだった。 「……」 佐久良は無言で番号札を奪った。 「お薬手帳も」 「さっきも医者に聞かれた気がするけど、普通持ってるもん?」 「え」 コイツ… 「何?どんなやつ?」 「薬の記録。うすい手帳。 薬局でもらうやつ。 俺がさっき出した…」 佐久良は遠い目をして記憶を探っている。 マジで、異世界人なんだな… 俺が虚弱体質なのか? そんなわけない。 高校生なら薬局くらい来ることはあるはずだ。 「佐久良さん、お薬手帳ありますか?」 「…」 「あ、ないみたいです」 って、何で俺が通訳してるんだ。 「新しくお作りしますね」 薬剤師は優しい。 少なくともここの人は。 「柄はどれにしますか?」 「ガラ?」 佐久良では何も通じないだろう。 「じゃあこれで。いいよね」 代わりに選んだ。 「3番でよろしいですか?」 「はあ…、まあ…」 歯切れの悪い返事だ。 「はい、では番号でお呼びしますのでおかけになってお待ちください」 「いつもと同じお薬ですね。体調はお変わりありませんか?」 「はい」 「では30日分でお会計が…」 中学時代にはこういった会計も手間だったが、今は多様なキャッシュレスに対応してくれてありがたい。 偶に顔認証でもたつくのが難ありだが。 「お大事に」 月に一度の面倒な通院が終わった。 薬をもらうまでが診察だ、と俺は思う。 「おい」 薬局を出ようとしたところ。 「…何、でしょうか」 忘れていた。 爆弾を。 「俺の会計までいろ」 「嫌です…」 「許す」 「何を…」 「医者も薬局も同じでも、許す」 「はあ…?どうも…」 何を言ってるんだ。 「30番の方」 「来い」 「うっ」 腕が引き抜かれるかと思うほど引っ張られ、レジ前に連行された。 「こちら、初めて処方のお薬ですね。夕食後に1回2錠飲んでください。副作用が…」 「…」 「お薬手帳もこちらでご用意しました。お間違いないですか?」 佐久良は無言で頷いた。 「ではお会計が…」 佐久良は財布を開いた。 俺を見た。 「足りない」 なぜ。 「え?あ、えっ、じゃあ、これで」 何で俺が立替を!? 最初からそのつもりだったのか! 「お大事にー」 「薬は金がかかるんだな」 「いや、当たり前…ていうか、俺の薬の量でも3千円かからないよ?」 信号が青になった。 人混みに混じる。 「つうか何だよコレ」 「お薬手帳」 花とリボンが周囲に描かれ、真ん中にお馴染みの人気キャラクターがいる。 俺も今の手帳がいっぱいになったら、次はコレを選ぶ。今月から追加されたらしい新デザインだ。 「違う、手帳のガラだ!何でコイツなんだよ、ガキくさい」 「コイツって…プリミミね。佐久良が選ばないから。何にしたらいいか、わかんないだろうと思って」 「だからって…」 佐久良は横断歩道を歩きながら、プリミミの描かれたお薬手帳を不満そうに俺に見せる。 「何で子供用、しかも女用だろ。バカにしてんのか?俺を辱めたいか?あの薬局で毎回コレを出せって!?」 「それは絶対に違う!!あの中で一番良い柄だからだよ!人が親切に選んだのにさ…嫌なら変えてもらえばいいよ!」 「普通のがあっただろ。よりによってこんなの…」 「だってプリミミは大人にも人気だし、キャラは可愛いし、お薬手帳の中ではデザインも一番まともだし! 柄なんて選べなくてダサいところも多いのに、あんなに沢山キャラクターものがあるなんて、しかも追加料金もなしで」 「もういい、黙れクズ!」 「た、立替までしたのに」 なぜ。 「お、おい!!佐久良!!」 -----
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