1.出動

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「よろしくお願いします、失礼します、よろしくお願いします…」 うわ、スタジオ広いな。 それにスタッフもいっぱいいる。 「森山君、こっちこっち」 「あ、真山さん!」 知らない人だらけの現場で、知ってる顔がいるだけで安心する。 「今日は先生いらっしゃらないと思うけど、演者さんは見られると思うから目に焼き付けて」 「確か主演が八野圭人、相手役の女優が大谷舞香ですよね」 「そう、ちゃんと覚えてきたのね」 「もちろんです、中島先生の作品に関わる仕事ですから」 「本当に中島先生が好きなのね〜」 「あっ、真山さん、二人が入ってきました!」 「どこどこ!」 芸能人。 大谷舞香。 18歳にして月9主演に抜擢されてからというもの、映画にCM、バラエティにも露出の止まらない大型新人。 飾らない性格、万人に好かれる童顔、癖のなく華やかな演技。 彼女を嫌う者は国民ではないとまで言われる。中島先生の作品に選ばれるのも頷ける。俺も普通に結構好きだ。 八野圭人。 こちらも同じく若手俳優。 ぽっと出で経歴は浅く、演技や容姿に際立つ特徴は見られないが、このドラマの主演に抜擢された。 コアなファンは多い様子で、ネットでもトレンドに入るのが珍しくない、露出度の低さの割に注目されている謎の人物。 中島先生には“ファミリー”がいて、その中に彼はもちろんいなかったし、中島先生との交友関係も不明だ。 大手事務所の力をぷんぷんと匂わせる。 「八野圭人、かっこいいわ〜。背たかっ足長っ顔ちっちゃっ。あの子学生時代からモデルだったのよね」 …とはいえ。 彼らはキラキラ輝いている。 まるで同じ人類と思えない長い足、細長い体、骨格から違う顔の造形。 顔小さい。かわいい、イケメン。 その言葉が日常の挨拶になってしまう、 褒めても褒めても足りない素晴らしい容姿。 「なんか…」 「うん。すごいわね…」 こういう人たちを見ると、人生は運だと感じる。 人生は宇宙の星の数ほどあって、その中には何億年も輝き、誰でも見える一番星になるものもあれば、自分のように誰にも光が届かないような石ころもある。 そんな天文学的確率であの場に立っている彼らは、地球に隕石が落ちるよりも低い確率のくじに当選したのだ。 嫉妬なんて感情もわかないぐらい、別次元の物語だ。 彼らの人生には想像もつかないような恵まれた経験がたくさん舞い込んできて、欲しいものは大抵手に入ったんだろう。 俺とは無関係で、だからこそ芸能人になれたんだ。 俺にはわからない世界。 どんなに中島先生のファンだって、あのセットの中に俺は入れない。 そこにいるのは、確実に彼らの実力。 「運も実力のうち、ってことだよな…」 「あっ!森山君っ、このあと休憩挟んで私達のパートの撮影だから準備してね」 真山さんも興奮気味だが、俺に比べたら遥かに冷静だ。 「あ、は、はいっ」 俺のような下っ端でも、彼らと接することができるなんて。 それだけで、俺もそこそこ運がいいじゃないか。 「よろしくお願いします。今回PRコンテンツ担当になりました森山です。 今日は視聴者プレゼントの宣伝を30秒程度でお願いします。どうぞよろしくお願いします」 「よろしくお願いします」 「よろしくお願いします」 主役の二人は俺にもちゃんと礼をしてくれる。なんて恐れ多いことだ。 それにしても二人とも細いこと。 「準備できてます。始めますか?」 「じゃ、じゃあお願いします」 「3、2…」 自分で作ったカンペを持ち、台詞を読んでもらう。 「5名様にプレゼント!」 「ふるってご応募ください〜」 パチ、と電気のスイッチを押すように、 キラキラの笑顔のあとに切り替わる二人の表情。 「はいオッケーでーす」 「確認お願いします」 「はい、大丈夫です」 「テロップはこれでお願いしたいので…相談などありましたら担当の連絡先がこちらになりますので…」 先輩の真山さんが対応してくれる中、主役の二人は談笑していた。 「では以上になります」 「ありがとうございました」 「お疲れ様でした〜」 二人が軽く会釈をする。 「あっ、ありがとうございました!」 恐れ多い、恐れ多い! そそくさとその場から逃げるように去った。 真っ白い照明、レフ板。 渦巻くケーブル、カメラ、マイク、機材。 忙しないスタッフ。 テレビの中で見たことのある顔も。 現実と仮想空間の狭間だ… テーマパークで迷子になったみたいだ。 あれ…真山さんも見失った。 「そこの君、邪魔邪魔」 「あっすっすいません…」 どん、とぶつかる。 鞄を落とす。 「はい休憩終わりでーす」 やっぱり、俺みたいなオタクの出る場所じゃない… 「森山君、ごめんお待たせ!行こっか」 スタジオを出ると、空気がさっと冷えたように感じた。 「はあ、この仕事やっぱ疲れるわね。でも、芸能人に会えるのは貴重な機会だし、森山君にとってはもっとそうだし。 これからこれが当たり前になるといいわね」 「当たり前に…」 彼らは芸能人で、それでも親切に挨拶してくれた。 人柄も良いとは、彼らに何か欠点はあるのだろうか…あってくれないと困る。 でなければ俺という人類の存在価値が… 「すみません、待ってください!」 後ろから誰かが追いかけてきた。 あれは… 「ちょっ、八野圭人!?」 真山さんがびびっている。 もちろん俺もびびっている。 「驚かせちゃってすみません、お二人のどちらかのものだと思って…」 八野圭人は手帳を持っている。 「忘れ物です」 それは、俺のだ。 鞄を落とした時… 「あっ、すみません!」 八野圭人が触った手帳!? これはプレミア価格になりそうだ。 売らないけど。 「わざわざ八野さんが持ってきてくださるなんて…ありがとうございます」 八野圭人はいやいや、と言った。 それで、ちょっとした間ができた。 こうして面と向かって立つと、顔も見られない。 「あ、じゃあ、これで…」 「はい、お疲れ様です!」 八野圭人は 俺はなんとかぎこちなく礼をして、手に汗を滝のようにかいた。 彼は颯爽と走って消えた。 何だったんだ、今の… 「森山君、グッジョブ!」 「え?」 「八野さんをあんな間近で拝めるなんて、思ってもない幸運だわ。忘れっぽい性格も悪くないわね」 「は、ははは…」 真山さん、思ったよりミーハー…?
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