1.出動

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「八野圭人が?お前に手渡し?はー、すげーな。そのうち飲みに行けたりする?大谷舞香も?俺も行けちゃったり!?」 「なわけねーだろ俺でもないわ!」 「夢を持てよ森山〜」 夢、か。 手帳を手に持ってみる。 誰にも言ったことのない夢、それは、脚本家になること。 この手帳も、仕事用と見せかけ、ネタ帳になっていたりする。 八野圭人に見られていなければいいな… 一社員の俺の手帳を覗く理由もないし、 そんな心配する必要ないが。 このネタ帳には、ぱっと思いついた主人公の名前や、場面設定、セリフまで書いてある。 それをきちんと話にしたことなんて一度もないのだけれど… 「ん…?」 ぴら、と手帳の中から紙切れが落ちた。 かなり急いだ走り書きだった。 ーーーお話がかけたらおしえてください ヤノ 「あ、あ…ああ…」 これは俺にとっての、くじだった。 当たりかハズレかわからない、とっても厄介な。 そして多分、ハズレ。 翌週、すぐに別の撮影が入った。 元の担当者は、俺に引き継ぐということで今回の担当を降りたらしい。 「俺は…全然、構いませんけど、俺なんかで大丈夫ですか?」 「もちろん、こうやっていろんな仕事を経験してもらえると、人事としてはいざという時のバックアップが増えて嬉しいのよ。私としても、一緒に現場に行けるのが嬉しいし!」 「…もしかして真山さん、八野圭人に会いたいだけだったりして」 「何言ってるの森山君ったらおませさんなんだから〜!」 「お、おませさん…?」 「森山さん」 「は、はいっ!?」 八野圭人だ。前回の通り、撮影の終わりに彼と接触することになった。 「あの…メモ、見てもらえましたか?」 「あ、はい…」 俺は一体、何に引っかかったんだろうか。 ただの一社員の、それもほんの数分撮影に顔を出すだけの俺が、なぜこの俳優と話をしているんだろう。 嫌な予感がする。 何か裏がある。 何もこの人に利益無いのに、こんなに距離を詰めようとするなんて。 絶対に何かある! 元々この俳優は怪しいと思っていた。 事務所にも何かありそうだし、手帳にメモを挟むなんて小細工をしてまで… まさか俺にもおかしな取引をしようと? いや、そんなふざけた話ないか… 「すみません。手帳、勝手に中身を見てしまって。」 「あ、いえ…」 不思議に思うことがあれから沢山あった。考えた。 なぜ、なぜ、なぜ? 何もわからない。 考えすぎて、考えすぎなだけかと感じ始めるから怖い。 うん、考えすぎだろう。 「撮影終わったらスケジュールも空いてるので、お茶でもどうですか」 「あ、だったら真山さんも…」 考えすぎるな。 「できれば二人で。どうですか」 「あー…」 考えすぎだろう。 でも真山さんに知られたら、なんで呼ばなかったのかってしばかれるな… ていうか、二人で話すことなんかないのに!気まずすぎる。 やっぱりこいつ、俺に何か悪いものでもなすりつけようとしているのでは… 八野圭人は少し様子を伺って笑った。 「そんなに不安だったら、真山さんも一緒に。どうですか?真山さーん」 まずい、真山さんならこんな機会を逃すわけがない!案の定真山さんは獲物を嗅ぎつけたハイエナの如く駆けつけた。 「えっ八野さんと!?ぜひ!ぜひ、いきましょう!」 「じゃあ、決まりですね」 「はあ…」 ああ… 俺、強引な人間苦手なんだよな… 八野圭人なら強引だろうがなんだろうが、許されるんだろうけど… 学生時代のアレだ。 誰もやらない役を、なすりつけられ、俺が汚れ仕事をやることになる。 給料も手当もないものを、あの頃はまじめ腐ってやっていた。 それに比べたら、今はまだマシか。 仕事が手にあって、昇給の可能性があるのだから。 「俺の奢りです。好きなだけ頼んじゃってください」 高級店。会員制。オーナーと顔見知り、特別待遇の個室。キラキラした間接照明。 「そんな、悪いですよー!ねぇ森山君」 「そ、そうですよ。ここは僕らが…」 って、こんな店の飯代払えるわけないだろ!いくらだよ! てかこいつ、ヤクザと繋がってるのでは… 好きなだけ頼ませておいて、支払いはこっちにされて、ぼったくられるのでは。 いやいや考えすぎ! 「そんなこと言わずに。いつもお二人にはお世話になってますから。お礼です」 「…八野さんって、変わってますね」 「へ?」 あ、口に出てた… このおかしな空間のせいか、八野圭人の雰囲気のせいか。 「いや…美人で仕事もできる真山さんを誘うならともかく、関わりも少ない下っ端の俺を先に誘うなんて」
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