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「八野圭人が?お前に手渡し?はー、すげーな。そのうち飲みに行けたりする?大谷舞香も?俺も行けちゃったり!?」
「なわけねーだろ俺でもないわ!」
「夢を持てよ森山〜」
夢、か。
手帳を手に持ってみる。
誰にも言ったことのない夢、それは、脚本家になること。
この手帳も、仕事用と見せかけ、ネタ帳になっていたりする。
八野圭人に見られていなければいいな…
一社員の俺の手帳を覗く理由もないし、
そんな心配する必要ないが。
このネタ帳には、ぱっと思いついた主人公の名前や、場面設定、セリフまで書いてある。
それをきちんと話にしたことなんて一度もないのだけれど…
「ん…?」
ぴら、と手帳の中から紙切れが落ちた。
かなり急いだ走り書きだった。
ーーーお話がかけたらおしえてください
ヤノ
「あ、あ…ああ…」
これは俺にとっての、くじだった。
当たりかハズレかわからない、とっても厄介な。
そして多分、ハズレ。
翌週、すぐに別の撮影が入った。
元の担当者は、俺に引き継ぐということで今回の担当を降りたらしい。
「俺は…全然、構いませんけど、俺なんかで大丈夫ですか?」
「もちろん、こうやっていろんな仕事を経験してもらえると、人事としてはいざという時のバックアップが増えて嬉しいのよ。私としても、一緒に現場に行けるのが嬉しいし!」
「…もしかして真山さん、八野圭人に会いたいだけだったりして」
「何言ってるの森山君ったらおませさんなんだから〜!」
「お、おませさん…?」
「森山さん」
「は、はいっ!?」
八野圭人だ。前回の通り、撮影の終わりに彼と接触することになった。
「あの…メモ、見てもらえましたか?」
「あ、はい…」
俺は一体、何に引っかかったんだろうか。
ただの一社員の、それもほんの数分撮影に顔を出すだけの俺が、なぜこの俳優と話をしているんだろう。
嫌な予感がする。
何か裏がある。
何もこの人に利益無いのに、こんなに距離を詰めようとするなんて。
絶対に何かある!
元々この俳優は怪しいと思っていた。
事務所にも何かありそうだし、手帳にメモを挟むなんて小細工をしてまで…
まさか俺にもおかしな取引をしようと?
いや、そんなふざけた話ないか…
「すみません。手帳、勝手に中身を見てしまって。」
「あ、いえ…」
不思議に思うことがあれから沢山あった。考えた。
なぜ、なぜ、なぜ?
何もわからない。
考えすぎて、考えすぎなだけかと感じ始めるから怖い。
うん、考えすぎだろう。
「撮影終わったらスケジュールも空いてるので、お茶でもどうですか」
「あ、だったら真山さんも…」
考えすぎるな。
「できれば二人で。どうですか」
「あー…」
考えすぎだろう。
でも真山さんに知られたら、なんで呼ばなかったのかってしばかれるな…
ていうか、二人で話すことなんかないのに!気まずすぎる。
やっぱりこいつ、俺に何か悪いものでもなすりつけようとしているのでは…
八野圭人は少し様子を伺って笑った。
「そんなに不安だったら、真山さんも一緒に。どうですか?真山さーん」
まずい、真山さんならこんな機会を逃すわけがない!案の定真山さんは獲物を嗅ぎつけたハイエナの如く駆けつけた。
「えっ八野さんと!?ぜひ!ぜひ、いきましょう!」
「じゃあ、決まりですね」
「はあ…」
ああ…
俺、強引な人間苦手なんだよな…
八野圭人なら強引だろうがなんだろうが、許されるんだろうけど…
学生時代のアレだ。
誰もやらない役を、なすりつけられ、俺が汚れ仕事をやることになる。
給料も手当もないものを、あの頃はまじめ腐ってやっていた。
それに比べたら、今はまだマシか。
仕事が手にあって、昇給の可能性があるのだから。
「俺の奢りです。好きなだけ頼んじゃってください」
高級店。会員制。オーナーと顔見知り、特別待遇の個室。キラキラした間接照明。
「そんな、悪いですよー!ねぇ森山君」
「そ、そうですよ。ここは僕らが…」
って、こんな店の飯代払えるわけないだろ!いくらだよ!
てかこいつ、ヤクザと繋がってるのでは…
好きなだけ頼ませておいて、支払いはこっちにされて、ぼったくられるのでは。
いやいや考えすぎ!
「そんなこと言わずに。いつもお二人にはお世話になってますから。お礼です」
「…八野さんって、変わってますね」
「へ?」
あ、口に出てた…
このおかしな空間のせいか、八野圭人の雰囲気のせいか。
「いや…美人で仕事もできる真山さんを誘うならともかく、関わりも少ない下っ端の俺を先に誘うなんて」
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