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「気に障りましたか?女性を誘うのは仕事柄、控えめにしているので…」
「そういえば、その通りですね…」
俺の考えすぎだったみたいだ。
ろくに人間関係を築いたことのない俺は、友達同士や仕事仲間の付き合いというものを知らない。
「やっぱり、勝手に手帳見たのが悪かったですよね。すいません」
「それは…」
「手帳?」
あ、真山さんにバレる。
こいつ…八野圭人、ここで手帳の中身を暴露なんかしたら確実に俺はここを去る!!
「個人的な感想なんですが…森山さんは中島先生の脚本と相性が良いと思います。もしも森山さんが話を書き上げたら…」
「そっ…!!そんなあんなのただの落書きで!!全然ですよ!相性だなんて」
「え、何、森山君、小説書いてるの?」
「あーいえほんとに全然書いてないです!」
「何〜?隠さなくたっていいのに〜ねぇ八野さん」
「そうですよ、脚本の中島先生だって…」
お前に何がわかる。
運と顔で生きてきた奴に。
夢を語っても笑われない奴に。
誰にも言えない、言わないことが、唯一の尊厳を守る方法なのに。
中島章太郎の才能も、俺の夢も挫折も、
憧れも、何も知らない奴に。
相性がいい?
話さえひとつ書き出せない俺が、
中島章太郎の何と比べられる。
ああ、腹立たしい。
そうやって中身のない話ばかり。
中身のない野郎のくせに。
運がいいだけ。
実力もないくせに。
調子に乗ってる。
話が入ってこない。
間違えてる。
何もかも。
俺はこんな場所にいるはずじゃなかった。
関わるんじゃなかった。
「森山君、おーい、森山君?顔色悪いよ」
「俺、ちょっと…お先に失礼します」
「え?森山君、ちょっと!」
真山さん、俺は邪魔者でしょう。
呼び止めないでいいのに。
…こんなところ、来るんじゃなかった。
「森山さん!」
八野圭人…
外まで追いかけて来るなんて。
真山さんを置いてきたのか?
「…」
このまま走って逃げればよかった。
でも…
一応仕事の関係者だし、俺だってこんな風にギクシャクするのは本意じゃない。
相手は人気俳優だ。
喧嘩を売っていいことなんてない。
だけど、この男は俺の地雷を踏んだんだ。
「すみません。知られたくなかったなんて思わなくて…無神経でしたよね」
「いえ、こちらこそ過剰に反応してすみませんでした。気にしないでください。
お代は後日お支払いしますし、真山さんと楽しんでください。それでは…」
「助けてほしいんです!」
「…」
“助けて!”
その時、あの光景が蘇った。
鮮明に。
海から聞こえる声。
波が来る。
伸びた腕が波の下へ落ちていく。
俺はそこで立ち尽くし、消えていく人を傍観していた。
「森山さんなら、分かると思ったんです。中島先生の気持ちが」
そして現実に引き戻された。
高級店が立ち並ぶ街の路地に。
「……中島先生…?」
八野圭人、そして俺。
「はい、あの手帳、中島先生も使ってるっていう、有名な手帳ですよね。それに、中に書いてあった事は、中島先生の作品のオマージュも含まれてた。森山さんは、中島先生のファンなんですよね」
「…それが、何か…」
「実は、俺は…中島先生に嫌われてるみたいなんです。今回のドラマの脚本、本当は別の俳優に当てがきしたものだったのに、事務所とスポンサーが無理を言ってこんな形に…。」
「ああ…そうだったんですか」
中島先生が…
俺にとっての憧れの人物。
その人が困っていたなんて。
そしてやっぱり、実力なんかないんじゃないか。
「中島先生は、あの脚本を無駄にしたくなかったはずです。だから、俺に代わったとわかっても、仕事を誰かに投げるようなことはしなかった…」
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