1.出動

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八野圭人は、中島先生のことまで考えていたのか。 でも。でも… 「いや…書き続ける以外、なかったんでしょう… 俺の事務所も、スポンサーも、皆、脚本家を軽く見てる。制作側の事情なんて二の次で、中島先生の気持ちなんか考えてない。 それに、先生のようにフリーで活躍されている方々にとって、うちのような大手の事務所といざこざを起こすのは避けたいことでしょう」 こいつ…。 意外と、強引な人間ってだけじゃなさそうだ。 俺の尊敬する中島章太郎に、真剣に向き合っていそうだということは認める。 しかし、それを俺に言われたとて、何の力にもなれない。 「森山さん、中島先生との食事会に付き合ってもらえませんか」 「…え、ええええ中島先生との食事会!?」 そんな、夢にもみていなかったことを! 落ち着け、落ち着くんだ。 こいつがたったさっき俺を辱めたことを忘れたのか!? 俺は、関わってはダメだ。 「はい、もし森山さんがよければ… 3日後、直接お話しに行くつもりです。そして謝ります。」 「そ、それ…事務所の仕事では…」 「いえ。 俺は一人の俳優として、金の話も権力の話もなしに、作品と先生に正面から向き合いたいんです。そのためには、この事態を招いた事務所には、所属している身としては申し訳ないですが… 中島先生の信頼を得るために、秘密にしておきたいんです」 これは、複雑になってきた。 「つまり…全くの部外者ではないけれど、関係者とも言い切れない微妙な立場の俺に…そこに立ち会ってほしいと」 「俺も中島先生の経歴や作風については勉強してきたつもりです。でも、森山さんのように、熱烈なファンの情熱は足りない。 中島先生に誠意を伝えるには、あなたのようなファンの意見も必要だと思います。 …それに一人で中島先生に物申すっていうのも気が引けるというか… 先生にはかなり…嫌われてますし。 要するに、仲介役が、味方が、 ほしいんです」 味方。 先生に会える… 仕事。 ファンとして、 プロとしての…理性。 「……あなたの気持ちはわかりました。 中島先生に対する思いも。 ですが、やっぱり俺の出る幕じゃないですよ。…すみません。 真山さんなら、俺より適任だと思います。経験もありますし。 …じゃあ、すみませんが、これで失礼します」 “助けて…” 俺は傍観者だ。 あの時も、今も。 “お前のせいじゃない” そう言われるのを待っている。 誰かが傷つき、苦しむのを、黙ってみている。 その方がいいと思った。 何かして、状況を悪化させるよりは。 俺なんかには、何の力もないのだから。 人を救う力も、何もかも。
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