虹のたまご

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   入院中の妻に会いに行ってはその日の出来ごとを話し、家に帰っては泣いた。たまごを胸の前で抱きしめて、僕は泣いた。  頼むから、いま生まれて来てよと何度も願った。生まれてくれないたまごのことを、嫌いになりそうだった。  そして……妻と最後の会話をしなければならなくなった。僕なんかよりずっと元気だった妻の声が、弱々しい。  ベッド横の棚に、たまごのケースを置いた。一縷の望みをかけて。 「そのヒヨコの入れ物、ずっと持ってたね」 「うん」 「これからも、ずっと持ってるの?」 「うん」  僕にしてあげられること、何かないだろうか。今じゃなくても良い、彼女に願いがあるのなら、僕はそれを叶えてあげたい。 「ねえ、何か僕にして欲しいこととか、お願いとかない?」  もしもヒヨコが生まれたら、妻の願いを叶えて欲しいと思った。  少し考えた後、そうね、と力なく笑って言った。 「あなたのそばにいたかったかな、ずっと」    そして僕は、ひとりになった。  
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