◉その1・シージのたまご◉

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◉その1・シージのたまご◉

ある朝、シージは、鏡の前で歯磨きしている自分の顔を眺めながら、先週の歯医者とのやり取りを思い出していた。 「治療中の奥歯ですが、もう根っこが脆くなっているんですよ。なので、今回は治療できていますが、次はもう無いですねぇ」 「え。無いって言うのは、どういう…?」 「抜歯です。部分入れ歯にするか、インプラントですね」 シュカシュカシュカシュカ “インプラントは高すぎる。怖すぎる。 じゃあ、入れ歯かぁ” シュカシュカシュカシュカ “入れ歯って、響きが年寄りっぽくて嫌だなぁ。でも、そんな歳かぁ。 そう言えば、昔おばあちゃんが外した入れ歯を湯呑に入れてたなぁ。 あれって、なんかちょっとなぁ。他に置き場なかったのかなぁ” シュカシュカシュカシュカ “例えば…アクアリウムみたいな小さな水槽に入れてさ。 水じゃなくて洗浄液入れちゃえば、入れ歯も綺麗になって、見た目もオシャレ… うわ。一石二鳥。天才的なアイデアじゃね” シュカシュカシュカシュカ ぺっ 「わ。何だコレ」 シージは、自分が洗面台に吐き出したものを見て、思わず後ずさった。 歯磨きの泡に混じって、飴みたいな白い玉が転がっていたのだ。 触ってみると、飴ほど固くはない。 持ち上げて明かりにかざして見てみると、杏仁豆腐みたいな白さで、半透明の白い玉だった。 “きもちわるっ。でも時間がないっ!!” じっくり眺めてみたかったが、既に寝坊していたので、ひとまず洗面台の端っこに置いたまま、会社に急いだ。 その日の夜は、古くからの友人・エフタと食事の約束をしていた。 エフタは、相変わらずの明るさで、事業に失敗したり株で大損したり、かなり苦労しているエピソードも面白おかしく話してくれた。 楽しくてお酒もすすみ、やがて自分たちの年齢から来るカラダの不調やらを報告し合っている時、シージは朝の出来事を思い出した。 「そうそう。俺、今朝、口からたまご産んだんだぜ」 「何だそれ?」 エフタは爆笑しつつも、その白い玉に興味が湧いているようだったので、シージは部屋に泊まりに来るよう誘った。 「で。コレがお前の口から産まれた、と。 まじかー」 エフタは楽しそうに笑いながら、その白い玉をふにふにと触っていたが、ふと顔を上げると 「シージ。お前、アクアリウムが欲しいの?」 と、急に聞いてきた。 「え?アクアリウム?いや。あー。 先週、歯医者で部分入れ歯の話されてさ。 入れ歯なんて置き場に困りそうだから、アクアリウムを置き場代わりにしたらどうかな、なーんてちょっと思いついただけだよ。 …てか、何で分かったんだ?」 シージがそう言うと、エフタは 「何となくだよ。お前、アクアリウム顔なんだよ」と笑いながら、ビールを大きくがぶりと飲んだ。 次の日の朝、起きてみるとエフタは帰った後だった。 『また近いうちに飲もう』 メモ書きが残っていたが、この日も寝坊したシージは、深く考えることも無く、会社に走った。
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