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一 仲間割れ
卯月(四月)下旬の晴れた日。
十歳の藤五郎は廻船問屋亀甲屋の軒下からじっと見ていた。
田所町の筋向かい、新材木町の稲荷神社の境内で香具師同士が殴り合っている。なぜ殴り合っているか、藤五郎はなんとなくわかっていたが、それをさらに詳しく知ろうとはしなかった。
なぜなら、いずれ時が経てば事の結果が現われて、何が原因で殴り合いになったかわかるからだ。子ども心に藤五郎はそう思っていた。
「何を見ておる・・・。仲間割れか・・・。
先が見えぬ馬鹿者ばかりだ・・・。困った者よなあ・・・」
亀甲屋から出てきた香具師の元締め藤吉は、息子の藤五郎の頭を撫でた。藤吉は風呂敷に包んだ商い用の小間物箪笥を背負っている。
「儂のすることを見ておれ・・・」
藤吉は藤五郎を連れて通りを横切り、新材木町の稲荷神社の境内に入った。
境内は狭くて十坪にも満たない。そこに社と狛狐の像と鳥井がある。二人の香具師はその鳥井の前の狭い境内で殴り合っている。
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