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鳴坂署
「だから、そんなことを僕に聞かれても……」
困る、と眉を寄せただけで意思表示してくる青年の眼差しを、竹井修造は鼻息で壁に弾き飛ばした。
力仕事も水仕事も一切したことのなさそうな、なめらかで繊細な指先のせいで、口元に運ぶ茶碗までもが高級に見えるこの青年は、明らかにこの場で浮いている。容疑者の識別基準として意識するくらいで、男の顔の美醜など一切興味もない竹井だが、それでも初見時には一瞬言葉を失ったほどの美貌の持ち主なのだ。こうして埃っぽい署内の片隅で茶を飲んでいる様は、掃き溜めに鶴どころか、羽を広げた白孔雀だ。
窓が遠く薄暗い、雑多な室内に甚だ不似合いな男――如月朝彦は、周囲に女がいたなら忽ち恋に落ちそうな、憂いに満ちたため息を一つ吐いた。
「僕は、誤配された予告状を、本当の宛先の前に警察に届けに来た善意の市民ですよ。前のような面倒は御免なのでね」
何が善意の市民だ、と怒鳴りつけたいのを、竹井は眼光だけにおさめた。
一高・帝大のエリート街道を突き進み、教職、英国留学を経て母校に奉職しているくらいだから、脳味噌は格段に優秀なのだろうが、時々頭がゆるいのではないかと疑うことがあるほど、この白孔雀は掴みどころがない。
「あんたが本当に善意の市民なら、どうして二度も他家宛ての予告状が届くんだ? 偶然、二度も、間違って」
「だから、僕に聞かれても困ります。前回、僕の素性やら交友関係やら散々調べて回って、潔白と結論されたんでしょう。今回も僕は無関係ですよ」
「何がイノセントだ。はっきりしたのは、あんたの華麗なる経歴だけだ」
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